1日目-3







「いらっしゃい、もう着いてらしたんですね」

 輝の声に気付いたからか、影がC組の部屋から顔を出した。
 相変わらず暗い色をした笑顔を貼り付けているが、幾分か和らいだ印象だ。

(……やっぱり、家族が亡くなったことがショックだったりしたのかな)

 日月がそんな邪推をしていると、影は日月の顔を見、一瞬表情を失わせた。
 しかし、まるでそんな一瞬がなかったような温和な態度で続ける。

「すみません、お出迎えもしなくて」
「い、いーえ、どうもご丁寧に……」

 視線を向けられたまま続けられたので、思わずぎこちなく応える。
 居心地が悪くて視線を彷徨わせていると、明子が隣で顔の色をなくしているのを見つけた。
 まるで何かを堪えるように、彼女は唇を引き結んでいた。

「……? 明子?」

 声をかけるが、明子は応える様子を見せない。
 日月が肩に手を乗せると、過剰反応とも思えるほどビクリと身を震わせた。

「え……明子? 大丈夫か?」
「あ、ううん、ごめん、なんでもない。大丈夫だよ」

 困ったように笑う明子は、取り繕うように言った。


 輝と明子が自己紹介をすると、影は日月にそうしたようにその名の持つ漢字を訊く。

 変な趣味だな、と、二度目に遭遇する日月はようやく冷静にそれを受け止めることが出来たが、二人ははじめ日月がそうだったように首をかしげていた。











「おーい、ぼちぼち出かけようと思うんだけど、準備いいかー?」

 荷物をそれぞれの部屋に置き、仲里が無愛想に持って来てくれたお茶を飲んでいると、席を外していた高中が戻ってきた。  携帯電話が通じない地区らしく、日代との連絡を取るために固定電話を使いに行っていたのだ。

 連絡はついたらしく、多少時間を気にしながら高中が声をかける。

「おー、行く行く! 散策散策〜」

 一番元気なのは輝だ。何がそんなに彼を駆り立てるのか誰にもわからない。

「あ、俺明子呼んで来ます」
「ういー、いってらっしゃーい気をつけて〜」

 あくまで軽いノリの輝に内心ため息を吐きつつ、日月は隣の部屋に向かう。

「日月、明子のやつ具合悪そうだったから、辛いなら無理するなって言っといてくれ」
「うーい」

 高中の声を背後に聞きつつ、日月はA組のドアをノックした。

「明子、出かけるって。気分良くなったか?」
 ドア越しに声をかけると、明子がパタパタと足音を立ててドアに近づいてくるのがわかった。
 ガラガラ、と派手な音を立てて、明子が顔を出す。
 まだ顔色は冴えない。

「気分は悪くないよ。大丈夫」
「そんな風に見えないけど……具合悪いならここに残って休んでた方が」
「大丈夫! ……一緒に行く」

 明子は力ない声でそう言うと、きゅ、と日月の袖口を掴んだ。
 頑固に言い張りそうな気配を感じて、日月は折れた。
 大体こんな風に言われて断れるわけがない。

「わかったよ、一緒に行こう」

 溜息混じりに言うと、明子は特別喜ぶわけでもなく、うん、と静かに頷いた。



 来た時と同じ車に乗り込み、西の方へと向かう。
 まずは高中の実家に行ってみようということになり、より山奥の方へと進むことになったのだった。

 商店街らしき町並みを過ぎると、あたりは住宅街になっていく。
 商店街もガラガラだったが、住宅街になるとより一層ゴーストタウンの様相を呈して来た。

「ここも皆、人がいないんですか?」
「うん、ここの家の人は失踪。隣は……旅行中に飛行機事故で亡くなった」

 高中はあちこちと示しながら、その家の末路を語る。
 彼が先ほど言っていたように、確かに死因は点でバラバラで、あまりにも不幸な事柄が集中し過ぎた理由を物語ることはない。

「……で、ここから番地が変わって、すぐそこが仲里さんの家。俺の家はこの町の一番端なんだ」

 10分もしないうちに車は停まり、高中は、ここが俺の家です、と言いながら降り立つ。
 日月たちもそれに従った。

 ……目の前の家の黄味がかった土壁には、ツタが蔓延っていた。
 皹いった壁、窓から見える破れた障子、ペンキの剥げた屋根。
 何とかまだ家としての体は保っているものの、人が住んでいるという空気は皆無だ。

「……ほら、見てもなんともなかったでしょ」

 少し寂しげに言う高中に、輝は少し視線を投げると、何も言わずに黙ってしまった。
 それを感じて少し笑うと、高中は家の後ろを指差して声を上げた。

「こっちにいい場所がありますよ。景色は抜群です。ここなら輝さんも気に入るかも」





 誘われたのは家の裏だった。
 そこはすでに山の反対側まで来ており、斜面がすぐそこまで来ている場所だった。

 植え込みされている木々を乗り越えると、すぐそこに切り立った崖があった。

 開けた視界の向こう、眼下には街が広がり、その向こうに海が見える。
 その景色の美しさに、日月たちは息を飲んだ。

「夕方になったら夕日が見えてさ、結構綺麗なんだ。ここ、俺の好きな場所だった」

 高中がそう呟くと、輝も嘆息する。

「……いいな、ここ」

 まだ高い陽射しが、海に反射されてキラキラと煌く。
 青く澄み渡った遠い海、その向こうに小さく船が行き来するのが見える。
 家々はミニチュアのように小さく、作り物めいていて、何処か箱庭を見ているような錯覚に陥った。

 ふと、今まで黙っていた明子が、日月の腕に縋ってきた。
 ぎょっとしていると、明子は辛そうに息を吐いて、呼吸を整えているように見える。

「明子! やっぱり具合悪かったんじゃないか……大丈夫か?」
「ん……大分、楽になった、かも」
「かもって……だから残ったほうがいいって言ったのに……」

 接近には緊張したが、心配が勝って文句を言っていると、明子が沈んだ表情をしながらぼそりと言った。

「あそこにいたら、余計気分が悪くなるよ……」
「……え?」
「……なんか、血、みたいな臭いするし……空気が重いっていうか……殺気立ってるっていうか……」
「何言ってるんだ?」

 輝と高中が、なにかこそこそ言いながら二人だけを残して家の方に向かってしまっているのを気配で知りながら、日月は明子の肩をさすった。

(ああ、もう、なんか余計な気を使ってるよあの人たち……)

 それを解さないような明子に少し焦るが、具合が悪そうな相手に毒づくことも出来ない。
 何か言いたそうにしている彼女の言葉を、日月は根気強く待った。

「なんか……ここ来るまでずっと、白昼夢……みたいなの、見てて」
「……うん」

 来る途中ずっと具合悪そうにしてたのはその所為か、と、日月はあたりをつける。
 グ、と、日月の肩口を握る明子の手が、力を増す。

「変な話、なんだけど……あの家とか、ところどころ、なんか……知ってる、みたいな」
「はあ? そりゃ、デジャヴってやつじゃないのか?」

 今初めて見たはずなのに、何処かで一度見たことがあるような気がする、と言う現象。それがデジャヴだ。

 何故そのような現象が起こるか、というのは詳しく解明されてはいないが、一説では脳に入力された視覚からの情報が一瞬のうちに混乱を起こし、脳自身が誤解するから起こると言われている。
 とにかく、その現象は誰もが多かれ少なかれ経験する現象であり、それほど特異な体験ではない。

「うん、まあそうなのかもしれないけど、でも……それだけじゃ、なくて」

 指の先が、カタカタと震えている。
 強く握った指が白くなり、彼女が恐怖を訴えているのだということを知った。

「人が、死んでるのが見えるんだ。誰なのか、見覚えがあるのにわからない……それに」

 泣きそうな声で、明子は必死に訴えた。



「影君……あの子、怖い……!!」



 パチン、と音がした気がした。
 まるで、催眠術をかけられた患者が、術師の指を鳴らした音で催眠状態から開放された状態に近い。

 突然体の震えが止まった明子は、日月に縋っていた手を不思議そうに見つめて、次の瞬間日月を獣か何かを見るような目で見、突き飛ばした。

「いっっっっでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 突き飛ばされ、頭を石にぶつけてしまった日月は痛みのあまりに絶叫した。
 明子はしばらく呆然としていたが、あわてて日月を助け起こす。

「ご、ごめん、突然近くにいたから」
「突然って、オマエがよりかかってきたんだろうが!」
「え? なに? そうだっけ?」

 態度が豹変した明子は、さっきまでの態度が嘘だったようにケロッとしている。
 ますます訳がわからなくなった日月は、先ほどまで彼女が話していた内容を繰り返した。

「そうだよ! なんか、白昼夢見るとか、影君が怖いだとか言ってただろ!」
「……そう、だっけ?」

 何処かぼんやりとしたような明子に、再び不安を覚える。

(……なんだっていうんだ、一体……)

 様子のおかしい明子だが、具合が悪いのは治ったようだった。
 どこか釈然としない様子で、何かを思い出そうとしている明子に、日月は元気付けるように肩を叩く。

「まあいいや、元気になったなら高中さんたちのとこに行こう」
「うん……って、うわあ! ここどこ? すごーい!」

 声を上げる明子に、日月は驚く。

「何言ってんだよいまさら。さっきからずっと見てるだろ。高中さん家の裏だよ」
「え、嘘。私今ここ初めて見たよ」

 それほど日月の言うことを気にとめた様子もなく、明子は景色を見てすごいすごいを繰り返す。
 やがて静かになると、動くことを忘れたように立ったまま動かなくなった。

「明子?」

 これは情緒不安定という奴だろうか、と少々恐怖心を抱きながら明子を見遣ると――彼女は、涙を流していた。

「ってうわ、なに泣いてんだ!」
「――日月」

 日月、と、明子が彼を呼ぶことは、普段では考えられないことであった。
 いつもは、「日月ちゃん」やら、「日月君」やら、少し茶化したような雰囲気があるのに、今の彼女の声にはその様子もなかった。

 ぼんやりと、虚ろな目で日月を見やる明子は、どこか人ではないような気配すらある。

(……変だ)

 明子の様子を見ながら何度も思ったことを、再び反芻する。
 この町に来るために山を登り始めてからの明子は、様子が変だ。
 それは、時間が経つに連れて酷くなっているように思えた。

「な、なんだよ……」

 おろおろとしながら、呼ばれた声に応えると、驚くほど真剣な眼差しの明子の瞳とぶつかる。
 スローモーションを見ているかのように錯覚しながら、日月は彼女が開いた唇を見ていた。




「気をつけて、日月。今回は、貴方が贄だ」












<back  top   next>






2006.11.12
更新遅くてごめんなさい。
町が一体どこにあるのか、とか詮索してはいけません。(私もわからない)

明子・萌っ娘発覚(私的に)
輝×灯フラグ!(死ね)

つーか話が細切れ・まとまってない・短い。
……すみません!!(平に平に)