1日目-4







「じゃあ俺、日代を駅まで迎えに行ってくるけど……大丈夫か? 明子」

 あの後すぐに気を失ってしまった明子抱えて、どうにか車に乗せた。
 ほどなくして目を覚ました明子は、再び呆けたようになり、なぜ自分が車に乗っているのかさえ忘れてしまっていたようだった。
 佐上邸に着いても調子を取り戻した様子はなく、高中が心配そうに顔を覗きこんだ。

「うん……大丈夫です、多分」

 体はなんともないし、と小さな声で言うと、へへ、とどこか気の抜けたように笑う。
 日月から見ても、それはどことなく無理をしているように見えた。

「……病院とか、いいか? 連れて行くけど」
「大丈夫大丈夫! 少し寝てれば、治ると思う、から」

 そう言うと、ふらふらと壁伝いに歩を進め、A組のドアを開く。
 ドアから中を覗くと、出かける前にも寝ていたのかすでに布団が敷いてあった。

「お食事はどうしましょうか。持っていきますか?」

 気を利かせてか影がそう言うと、明子はビクリと肩を揺らし、

「……いらない」

 ぼそりと呟くと、ドアをぴしゃりと閉めてしまった。
 その様子に、影は肩をすくめる。

「どうやら、嫌われてしまったようですね」
「はは、は……」

 明子が、あの場所で異常に影に対して恐怖している様子を見ている日月からは、乾いた笑いしか漏れなかった。



『影君……あの子、怖い……!!』



 結局、あの後の明子自身が発した言葉の真意を問いただすことも出来ずに、日月はぼんやりとA組のドアの前に立ち尽くす。
 影はそんな日月を余所に、キッチンへと向かったようだった。

「カーヅーキちゃん! そんなに明子が心配なんですかー?」

 茶化すように頭を小突いてきた輝に、日月は隙だらけの脇腹を突くことで応酬する。

「ちょっと……! 聞こえるでしょーが!」
「ぐはっ、カッちゃん暴力的……!」

 身悶える輝を横目で見ると、はあ、とひとつ息を吐く。
 心配――しないわけがない、あんな話を聞かされて。

「あいつ、変なんですよ。気分悪そうにしてたと思ったら、急にはしゃいだり、今度は泣きだしたり……」
「なになに!? 泣かしたのカッちゃん!?」
「違いますって! 急に泣きだしたのはあっち!」
「うーん、女の子って何に傷つくかわからないからねえ……あ、もしかしてアノ日……」
「それ以上言ったらぶっ飛ばしますよ」
「ごめんなさい」

 なんだよちょっとしたお茶目じゃーん! とぼやいている輝を見ていると、なんだか力が抜けてしまう。
 けれど、今の所この抱え込んで耐えられそうもない不安を打ち明けられる相手がこの人しかいない。
 日月は輝の袖を引っ張り、隣のB組の部屋へと引きずり込む。

「怖い、って言うんですよ、影君のこと」
「怖い?」

 ぐ、と頷いて、日月は続ける。

「そう言った途端に、言ったこと忘れたみたいにはしゃぎ始めて……ほら、景色が綺麗だったでしょ、あそこ。それに今気付いたみたいに喜んで」
「……へえ」

 影の話を出したところで、輝の反応が鈍くなる。
 輝さえもおかしくさせるような影の名に、微かに不安で胸の奥が震えたような気がした。

「……輝さん、ニエ、って、何のことだと思います?」

 贄。



 『気をつけて、日月。今回は、貴方が贄だ』



「贄……」
「そう言ったんです、明子。その後気を失って……」
「生贄……、今回、の」

 ザァ、と音がするように、輝の血の気が引いたのが見て取れた。
 カクン、と膝を折ると、崩れるようにして畳の上に座りこんだ。

「え、こ、輝さん?」
「あれ? なんだ? ……力抜けた」

 はは、と笑う声にも力はない。











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2006.2.26