1日目-2







 閑散としている。
 それが日月が感じた町の様子だった。

「静かだろ……これでも前は結構賑やかだったんだけどな」

 車のスピードを緩めながら、しみじみと高中が言う。
 反応することも出来ず、乗車している面々はじっと外を見た。

 山を登りきってすぐに小さな商店街らしい道が現れる。
 しかし、どの店もシャッターが閉められており、かろうじて開いている店も閑古鳥が鳴いているようだった。

「なんつーか……人がいねえな。まだ昼間だからみんな仕事とかしてんのか?」

 輝が気だるげに問うと、高中が苦笑する。

「それもある、かな。でも、実際人が減ってるのも現状」
「え……そんなに人口減ってるのか」
「まあね。たいてい顔見知りだよ、ここ出身の人間は。みんな何かしら通じてる親戚だったし」
「……なんか、変な感じですね」

 窓を開けながら日月が言う。
 考え込むようにしながら、高中はハンドルを切る。

「そうだな、俺もここ出るまではそんなこと感じたこともなかったけどな。確かに変だよな……今はほら、みんな死んじゃっただろ。だからこんなに人がいないんだけど」

 ギョッとするようなことをさらりと言う高中に、日月は驚きの声を上げる。

「そんなに高中さんの親戚が占めてたんですか!?」
「うん、親戚筋でここからいなくなる人はいなかったな。みんなここにずっと住んでたんだ」

 外に出てもみんなすぐに戻ってきてた、と続けて、高中は苦笑する。

「それが、俺が家を出てる間……そうだな、高校に行った頃だから、五年前くらいかな、その頃からみんなバタバタ死んでさ……気付いたら、俺と佐上叔父さんしかいなかったってわけだ」

 ぞく、と、日月の背筋に何かが走った気がした。
 この町に入ってから感じる嫌な予感。その不気味な切れ端を思わず握ってしまったような気がした。

「なんか……病気とか流行ったんじゃないですか?」
「いや、事故だったり寿命だったり……自殺、なんてのもいたな。死に方に共通性はないよ。俺たちの親戚だったってだけで……っと、嫌な話しちまったな。ああ、着いたぞ」

 はは、と、乾いた笑いを浮かべながら、高中はブレーキを踏んだ。
 何をいまさら、と心中でぼやきながら日月が隣を見ると、明子が窓に額を寄せたまま目を閉じていた。

「……明子? 具合悪いか?」
「え? ああ、大丈夫。なんだかちょっと寒気がするだけ。酔ったのかもね。車降りれば治ると思う」
「そうか。着いたって。降りられるか?」
「ん、へーき」

 青い顔をしたまま、明子が車から降りる。
 助手席から輝が降り出して、ううん、と呻りながら伸びをしていた。
 日月もやっと狭い空間から抜け出す。

 目の前にあるのは小ぶりな学校の校舎だった。
 白塗りの壁は僅かに煤けてはいるが、改築したという言葉に違わず新しい建物の気配がした。

「うわ、やっぱ学校ともなるとでかいなー。個人宅だって言われても信じないぜ、これは」

 輝が上を見上げながら感心したように言う。

「うーん、まあ、ね。ああでも二階以上はまだ改装途中らしいんで入らないでくださいね」
「え、なんだよ。入れるの一階だけ?」
「生活するのに不便はないよ。ああそれと、この辺街灯ないから外は出歩けないから」
「ええー! マジでー!」
「そのために酒持ってきたんですよ、飲んじゃえばわかんないって!」

 からからと笑いながら、高中は後ろに積んできたダンボールを示す。
 車中でずっとビンが当たる音がしていたのだが、酒がぶつかり合う音だったらしいと気付いて、日月は思わずクスリと笑った。

「酒があるなら良いかー。あ、明るいうちにその辺散策しようぜ」
「良いけど……香川さんが好きそうな場所はないと思うよ?」
「灯ちゃんが住んでた家ってどこよ。俺行きたいなあ」

 輝が高中の肩に乱暴に圧し掛かると、高中はもがきながらも苦笑する。

「そんなとこ見たいんですか? ……まあ、とりあえず荷物置いたら連れて行きますよ」
「わーい」
「あ、私も行きたい!」

 具合が悪いのが治ったのか、明子も輝に同意して楽しそうに手を挙げる。
 高中に目配せされて、日月も肩をすくめる。どちらにしろこのメンバーで行動することになりそうだった。

「はいはい、じゃあみんなでその辺見て回りましょうね」

 諦めた、という風情で高中は肩をすくめる。
 わあい、と子供のように輝が跳ねた。





 玄関(元は昇降口だろう)から入ると、不機嫌そうな中年の女性が出迎えた。
 その横には、これまた不機嫌そうに少女が立っている。
 手には高そうなビスクドールを抱えて、暗い目でじっとこちらを見ているようだった。

「あ……お久しぶりです、陽さん。お世話になります。チサトちゃんも、こんにちは」
「お久しぶりです灯さん。遠いところお疲れ様でした」

 少しも労っていない調子で労いの言葉を紡ぐ口元を見ながら、日月たちは呆然とする。

「紹介するよ、こちら、仲里 陽(なかざと あかり)さん。ハウスキーパーをしてくれてる人だ」
「お話は聞いております。こっちは娘のチサトです。今日は私もこちらに泊まるように言われてますので、よろしくお願いします」

 言葉とは裏腹に彼女の声は硬質だ。
 娘というチサトはその間も身じろぎもせずに日月たちを睨んでいる。
 二人の様子には、ありありと拒絶の意思が感じられた。

(なんだ? この扱い……)

 確か彼らはこの家の家主に来るように誘われたのではなかっただろうか。
 それがなぜハウスキーパーというこの女性には、こんなに邪険にされるのだろうか。

「ねえねえ、なんか怒ってる?」

 明子が日月に耳打ちしてくる。
 困惑するのは分かるが、いつ聞き咎められるかも分からないのに言葉にしてしまう明子に日月は苦笑した。

「失礼だろ、もともとああいう顔なのかもしれないし」
「えー、でもさー」

 詭弁と思いつつも日月は応えた。
 ぶちぶちと納得のいかなさそうな明子をよそに、高中が挨拶を終えて靴を脱ぐ。

「ほら、何してるんだよ、入っていいぞ」
「あ、はい」

 多少畏まりながら、日月もそれに続く。
 一方、仲里は冷ややかな目線を日月たちに遣ると、一瞥して奥へと歩いていってしまった。

 学校らしい下駄箱は、長靴も入るような縦長の箱が幾重にも重ねられた形をしている。
 ところどころに、名前のシールが貼ってあっただろう跡が残っていた。
 下駄箱前には すのこ が並べてあり、上を歩くとカタカタと音を立てた。

 玄関を入って正面は白塗りの壁、やや左側に暖簾のかかった場所がある。
 高中によると、そこはキッチンへの入り口であり、入って右側はダイニング・ルームになっていて、食事はそこで取ることになっているという。

 廊下の床はダークレッドの絨毯張りになっており、固めのそれはスリッパで歩く音をこもらせた。

「あっちは体育館だったんだ。古くなってて床が危ないから、今のところ閉鎖されてる。そのうち改装するらしいけどね」

 そういって高中が指し示したのは、入って左側に通じる廊下の向こう側だった。
 明り取りの大きな窓がある廊下の向こうには鉄製の古びた扉が、鎖で戒められているのが見える。
 部屋はこっち、と誘導されたのは反対に伸びる廊下。
 同じように大きく窓の取られた廊下の奥に、並んだ扉が見える。

「なんか不思議な空間だなあ。色がついた学校って感じ」
「ああ、言えてますねー」

 のんびりと言う輝に、日月が同意する。
 高中の言うほど、学校らしさが消えている、とは日月には感じられない。
 けれども、やはり学校とは雰囲気が違うことも確かだった。
 色のついた学校、という輝の表現は的確だと思える。確かに、学校というには壁やら床やらの色が違う。

「高中さん、この学校って小学校だったんですか?」
「いや、中学校。こことは別に公立のがまだあるよ。あっちも廃校寸前だけど。ここはうちの親戚がやってた私立だったらしいんだ。だから叔父さんが買い取れたわけなんだけど。俺の母校は公立のほうだしね」
「あー、そうなんですか」
「ここが廃校になったのって結構前なんだけどさ。なんで叔父さんがここ買い取る気になったのか未だにわかんないんだよな……」

 会話をしながら、日月は廊下を見回す。
 廊下の途中、右手に階段があった。
 ガラス張りの踊り場から、まだ十分明るい陽射しが差し込んでくる。
 ここから上はまだ改装が住んでないんだよな、と確かめるように思いながら、日月はそこを通り過ぎる。

 その向かい側、左手には後でつけられたような新しい扉が合った。
 木の扉で、すりガラスがはめ込まれた引き戸の向こうは、浴室だと高中に教えられる。


 廊下の突き当たりにたどり着いた。
 教室のあとらしき部屋は四つあった。
 向かって左側の部屋から、部屋の入り口頭上には、1-A、1-B、1-C、1-D、と教室の札が引っ掛けてある。

「あはは、これ見るとホントに学校だねー」

 明子が嬉しそうに声を上げた。

「あー忘れてた。そっか、これがあると確かに学校だな。叔父さんこれ洒落で残してたんだっけ」

 高中はひとしきり笑うと、廊下右手の突き当たりにある部屋を示して、あそこは元保健室でこっちもまだ閉鎖中、と付け加えた。

「D組はおじさんの部屋、C組は影君の部屋になってる。A組を女性陣、B組を野郎共で使ってくれ」
「あ、そういえば日代さんっていつ来るの?」

 女性陣って言っても今私しかいないよね、と笑いながら明子が言う。
 日代はもう一人のサークルのメンバーだが、バイトで遅れる予定になっていた。
 輝が時計を見ながら、

「三時か。バイトが五時に終わるって言ってたけど……街灯ないんだろ? 大丈夫なのか?」
「あ、俺駅まで迎えに行くことになってますから大丈夫ですよ」
「そうか……大変だなドライバー」
「まあホストのさだめっスよ」

 高中がおどけて言う。

「ああ明子、女性陣のほうにはさっきの陽さんとチサトちゃんも行くからそのつもりでな」
「え……マジで?」
「え、ってなんだよ」

 あからさまに嫌そうな顔をする明子に、高中はたしなめるような視線を送る。
 それを受けて、明子は内緒話をするように高中に近づいていく。

「あのー、さ、高中さん……あの人たち、私らが来るの嫌がってない?」
「……そうか?」
「そうだったじゃない明らかに! なーんか態度悪いって言うかなんていうか……」
「あの人たちはいつもああだよ」

 あっけらかんと言う高中にため息をついて、明子は続ける。

「そうなの? まあそれはいいんだけどさあ……話変じゃない? 影君が一人になるから、って言うんで私たち呼ばれたんでしょ? でも、あのハウスキーパーさんがいれば問題なくない?」

 眉を顰めて言う明子に、ようやく高中も何か考え込むような仕草をする。

「それなんだけど……俺たちがここに来る、って言うのが決まってから、陽さんたちもここに泊まる、って言い出したんだよ。夕飯作ってくれるだけでいい、って話になってたはずなんだけどな……」

 まあ、用事があるって言って断られてたから、その用事がなくなったんじゃないか? と、高中はすぐに考えるポーズを止めた。
 明子がさらに何か言い募ろうとしたが、高中は気にするな、と一蹴する。
 高中は時々強引に楽天思考だ、と日月は苦笑する。

 話しこんでいるのをよそに、輝が早々にB組のドアを開けた。
 途端に声を弾ませる。

「おおっ! すげえ! 畳じゃん!!」



 輝も相当に楽天家であった。





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2006.8.25
学校とか言いつつ……
脳内モデルは私が通っていた幼稚園の構図だったりしますこの建物。
建物内部の紹介の話でした。
疲れたのでとりあえずここまでww


なんかギャグっぽくなったな……