奏でられる声は永遠に廻り
song-2





 足にからみつく痛みを振りほどいた その先に
 本当に誰かが待っているの?
 道はただ語り続ける 「さあ 行くんだ」
 何かに強く引き寄せられて
 僕はすべてに重力を感じてる

              ・gravity・


・セントラル‐レディオ・
 
 さあみんな、今日もこの時間がやってきたぜ!
 じゃあ今日もチャキチャキいくか!!
 今日は変則的に、1位の発表から!
 まあ、誰かはもうリスナーにはわかっていると思います!
 今週のCDランキング第1位は・・・
 なーんと12週連続! 来月には新曲発表も決まった『奏廻(かなえ)』で、『integral』!!
 いやぁ〜、奏廻人気はすごいね! オレも大好きなんだよ『奏廻』!
 メッセージ性の強い歌詞、巧みに構成されたメロディ! そして何より人々を惹きつけてやまないその声!!
 『奏廻』、顔出さないよねー。プロモにはシャドウでしか出ないし。
 そんなミステリアスな彼女の曲は、いつも切なく美しく! ディープなファンも多いんじゃないかな?実は俺もその一人だったり!(笑)
 そのファン層の厚さから、「音声中毒」なんて言葉まで生まれてきちゃったのは記憶に新しいんじゃないかな。
 確かに彼女の声は、中毒になりそうなほど独特で、惚れ惚れしちゃうくらい聞き入っちゃうよね〜!
 ではお送りしましょう。『奏廻』で、『integral』

(イントロ)

 
誰かに赦された未来なら 惑うこともなかったのに
願う未来はいつも 誰かを傷つけてばかり
それでも願う 愛されたいと
私の世界を かたちづくるのに
あなたは いつだって 不可欠の存在

透き通る風 見上げる空 夢見る光 震える海
そのどれもが 記憶になって 涙と流れてゆくのだとしても
信じてる 信じさせて
それだけが 僕のこの世界の 総てではないと…
 
(フェードアウト)

 …うーん、やっぱりいいよねぇ。
 なんていうの?哀しいんだけど、音楽がいいからそんなに重くないし。
 演奏のヴァイオリンの音もいいよねー。
 そして何より、『奏廻』の声がいいんだよ、声!!
 人間の声は史上最高の楽器って本当だよね〜。

 さぁそれではいつもどおりの順番に戻って次にいってみよう。第10位は――――――・・・・


 
・始まりのための終わり・
 
 もう何年前になるかは忘れた。
 数えるのが億劫なだけかもしれない、けれど、ずいぶんと前。
 僕たちは、行き場をなくしていた。
 ずっと住んでいた街が、何かの抗争に巻き込まれ、両親と呼んでいた人たちは、その騒乱の中で死んでいった。
 誰かに殴られ、死んでいく姿を目前にしても、僕たちは何も感じなかった。
 哀しいとも、憎いとも…嬉しい、とも。
 ただ、今まで僕たちを支配していたものたちが壊れていくのを見ながら、あぁ、終わってしまったんだ、という喪失感だけが、ふっとよぎっただけだった。
 
 僕と鈴音(りおん)はずっと手をつないだまま、街の片隅に立っていた。
 
 ずっと、立っていた。
 


 
 あれはもう何年も前。
 数えるのが億劫なのではなく、数えてしまいたくはないだけだ。
 数えてしまえば、あの幸せだった日々が、過去に変わってしまうから。
 

「君たち、家をなくしたのかい?」
 立っている僕らに声をかけてきたのは、若い男と女だった。
「君たちに、住むところと食べるものをあげよう」
 男の名は杉本玲、女の名は都筑誠と言った。
「私たちと契約をしよう。君たちの生活は一生涯守る」
 彼らは、科学者だった。

「――その代わり、君たちの記憶を分けてくれ――」

 それはあまりにも優しく、そして残酷な取引だった。

 そこは楽園だった。
 花は咲き乱れ、緑は生い茂り、鳥は舞い、空は高く。
 寒さに震えることもなく、暑さに苦しむこともない。
 食べるものも困らず、風雨も凌げた。

 そこは楽園だった。
 たとえ脳に端末を埋め込まれていても。
 たとえ「外」に出ることが許されていなくても。
 …たとえ、人と認められていなくても。

 そこは楽園だった。
 そこは僕の世界の全てだった。
 僕は、そこで生きてきた。

 …その時までは。

 世界を壊したのは、「彼」。
 僕の新しい世界を始めさせるために、彼は僕の今までの全てを、終わらせた。



・楽園・


「好きなこと?」
 『エリア』と呼ばれる場所に連れてこられた、奏廻と鈴音という双子は、不思議そうに都筑誠の顔を覗き込んだ。
 あまり似ていない二人だが、どちらも顔のパーツは整っている。
 そして、しぐさの端々には、今まで共に暮らしてきた二人らしく、似ているところが時々目に付いた。
 首をかしげるしぐさなど、瓜二つと言ってもいい。
「そう、好きなこと。此処にいるだけじゃ退屈でしょう?  望むのであれば、世界レベルの教育を受けることも可能だし、遊ぶにしたって道具が必要であれば望むものを用意するけど?」
 それを微笑ましく思いながらも、誠は続ける。
「ほら、あそこにいる響夜って子はピアノを弾くのが好きだから、キーボードを持ってるのよ」
 誠は、木陰でキーボードを弄っている少年を指さす。
「なんだ、ピアノをくれるわけじゃないんだ」
 鈴音がおかしそうに笑いながら言った。
「そうねー、さすがにピアノは場所がなかったのよね…今あまり売ってもいないし。でも、あれだって結構いいものよ? 響夜も気に入ってくれたもの」
 誠はバツが悪そうに笑う。
 奏廻は、そんな誠に微笑みながら言う。
「じゃあ、鈴音にはヴァイオリンがいいね」
「そうだね。それから勉強がしたい。私、医者になりたいんだ」
「そうなの、じゃあ鈴音はヴァイオリンとお医者になるための教育ね…奏廻は?」
 誠が奏廻のことについて聞くと、二人はいつも不思議そうに顔を見合わせた。
 それが誠はいつも気がかりだったが、そのようなしぐさの後、かえって来る答えは決まっていた。
「僕はいいの」
「奏廻はいいんだよ」
 二人はそろって笑う。
「僕は、歌うために生まれてきたから」
 …まるで、「奏廻」という存在は、歌に生きるということが生まれてくる前から決まっていた宿命であるかのように、さも当然そうに、この姉妹はそう言うのだった。

**
 子供たちの脳には、脳内の情報を読み取り『エリア』の中心にある『メモリーバンク』まで送り届けるための『端末』が埋め込まれていた。
 読み取られた情報は、喜怒哀楽を始め、様々な人間の感情の機微、起こったことの認識など、全て電気の信号に変えられ、そのパターンは『メモリーバンク』に保存されることになっていた。
 しかし、その『端末』が情報を送り込むことが出来るのは『エリア』内だけであった。
 彼らの全ての情報を、各々の『メモリーバンク』に保存したいと考えた科学者たちは、子供たちが『エリア』から出ることを禁じた。
 人道的にはあまりにも危険な思想であるが、彼らの組織の対外的な名目は、孤児収容であった。
 街々では事あるごとに盗賊やらなにやらとの抗争が起こり、世界を統括する国家、『セントラル』としても孤児の問題は手に負えなくなっていたのだ。

 彼らの目的は「人間の脳を完全にコピーすること」、つまり、データとして肉体の死後もこの世に生き続けるための研究だった。
 この研究を完成させれば、植物状態の人間を通常の状態にすることも可能になり、アルツハイマーの治療にも使える。
 つまり、不可能と言われてきた『脳』と言う臓器の移植を可能にすると言う画期的な研究なのだ。

 そして、これは後の話になるが、自分が死んだ時の保険として記憶を貯める、『メモリーバンク・システム』が開発され、商品化されることとなった。

 とにかく、子供たちはその研究のためのモルモットとして集められたのだった。

***
 聴こえてくる歌に、杉本(すぎもと)玲(れい)は静かに瞳を閉じた。
 このごろよく耳にするその歌声は、何日か前にやってきた、奏廻、と言う女の子の声だ。
 …彼女の声には、何かとてつもない引力がある、と思う。
 彼女の歌は、心を震わせる。
 喜びも哀しみも、いちどきにやってくるような、そんな不思議な感覚を呼び起こしていく。
 人間の本質ともいえる「感情」以外の物は全て取り払われ、体全体が敏感な五感の一部に変わってしまったようだ。
 伝わる音は心に細波を起こし、指先までその感覚は伝わっていく。
 静寂にも似た音の世界を、玲の意識は揺蕩う。

 一面に、窓ガラスが張り巡らされた部屋。
 大きく外に面したその壁の反対側には、機材が整然と、しかし、山積みにされて置かれていた。
 かすかな電子音をたてながら、その動きはとどまることがないようだ。
 聴こえる歌は、その外からスピーカーを通した声だった。
 外界から隔たれた、子供たちにとっては楽園でも地獄でもある場所。
『エリア』にいる子供たちもまた、その声に耳を傾けているようだった。

「こら、玲! 何寝てるの! 責任者でしょっ、一応!!」
 リクライニングチェアに寝そべる彼の隣で、都筑(つづき)誠(まこと)がポニーテールを揺らし、仁王立ちになってがなりたてる。
白衣にミニスカートといういでだちで、美人であるが故に怒ると少し怖い。
しかし、玲は薄く笑ってその瞳をそっと覗かせただけで、再び瞳を閉じる。
「いいじゃないか。休息は何事にも不可欠だよ」
 瞳を閉じたまま囁く調子で言う姿は、成人男性と言うにはあまりにも線が細い。
 柔らかな表情、整った顔立ち、色素の薄い髪、筋肉も脂肪もついていない少年のような体型。
 しかし、彼はれっきとした青年で、しかもこの、便宜的に『レプリカント・プロジェクト』と呼ばれる研究の発案者である。
 その彼に怒声をあげる都筑誠という女は、その研究の協力者で、脳内コピーの研究の完成に一番近い人間と言われている。
「玲はいつでも休息時間中じゃないの! 少しは私の見ているところで働いてみせなさいよ!」
「あたたたた、わかったから耳を引っ張らないでくれ」
 誠は乱暴に玲の耳を引っ張るが、激しく抵抗されて、やっと手を離す。
 耳をさする玲を横目で睨んで、誠は「気持ちはわかるけどね」とため息混じりに呟いた。
「あの子の声、5歳の子供の声じゃないもん。…なんていうか…凄い、よね」
「そう、凄いんだ…初めてこの声を聴いたとき、僕は思わず涙が出たよ」
 それは誇張した表現でもなんでもなく、本当に玲はあまりの感動に涙を流したのだ。
 それほどまでに、奏廻の声は衝撃的だった。
 しかし、誠はそれを冗談だと思ったらしく、少し笑った。
「玲が泣いたの?そりゃ一大事だわね。…でも、私もほんとに泣いたわ…今でも泣いてしまいそうだもの。奏廻の歌を聴いた他の子供たちも、みんな涙を流したのよ?声も出さずに、ボロボロとね」
 それは玲にとっては初耳だった。
「それはまた…凄いな」
「凄いのよ」
 二人は同時に感嘆ともため息ともつかない息を吐く。
「ちょっと異常じゃないか?」
「誰が? 子供たち? それとも奏廻?」
「どっちもだ。何かチップの所為で脳に異常でも現れたんじゃないか?」
「玲はすぐそっちに話を持って行きたがるのね…異常はないわ。脳波にも問題はなかったし。…ほら、みんな正常でしょ?」
 誠は、呆れた、と言わんばかりにデータの流れていくディスプレイを玲に向ける。
 数え切れないほどのデータの海。
 それは、子供たちの現在の脳の情報だった。
「脳の情報でわかるようなものなのか?心って」
 溜め息のように、玲は呟く。
 それに過剰ともいえる反応で、誠が反論する。
「ちょっと、あんた自分で立てた学説覆すような事言わないでよ。心も全て脳の電気信号によって構成されてる、って言ったの、あなたじゃない!」
「たしかにそう言ったよ。…だけど、時々わからなくなる。コピーで作られた『心』が本当に心なら、生きている人間の心は、なんて単純なものなんだろう。人が生きるためにすがる心という物は、こんな味気ないもので構成されているものなのか?」
 どことなく投げやりな口調で、玲は言葉を紡ぐが、誠は鼻で笑う。
「なによ、どっかの宗教にでも入信したの?それともあんなに否定したがってた『ゴースト』の存在を、今更肯定しようっての?」
「…そうだな、そうかもしれない。きっと、『ゴースト』はあるんだ」
「ふん、『魂』…ねぇ。脳の解析をすっかりやっちゃった後でそんな事言われても、説得力ないって言うか、非科学的というか…だいたい、『ゴースト』自体は感覚中枢のことでしょう?」
「感覚中枢を解明しても、全てを理解したわけじゃない。イレギュラーに研究が追いつかないって事は、つまりそれは絶対の事実なんかじゃないってことさ。もしかしたら、超能力だって魂の問題かもしれないじゃないか」
「…そこまで行くとちょっと違うんじゃない?」
 誠はそこで会話を止める。
「…で、今度は何を見たの?」
「何って?」
「とぼけないでよ。また何か映画だかアニメだか見て思いついた話なんでしょ? …その手に持っているケースは何?」
 う、と詰まり、玲はおずおずと手に持ったままだったディスクケースを差し出した。
「…『攻殻機動隊』…」
「…やっぱり…」
 誠は今度こそ盛大にため息をついた。
 それは、過去に作られた近未来の想像を描いたアニメだった。
 人の電脳化が進んだ世界の未来予想図……
「だっておかしいじゃないか!データの海で生命体が生まれるなら、自己を肯定する自我だけが人間を構成するものなのか?データだけで『生きている』と言えるのか?」
「はーいはいはい、わかった、わかったから」
「違うだろう! だから素子の『ゴースト』を…」
「うるさい!」
 暴走する玲の首筋に誠は有無を言わせず手刀を食らわせた。
 玲はばたりと床に倒れこむ。

 うめき声を上げる玲に、誠は突然静かに声を降らせる。

「…現実なんて、そんなものなのよ。全て無機質なものから出来てる。不合理から出来てる。曖昧模糊、混沌の中から生まれた。…だけど、それはあまりにもうまくかみ合いすぎて、そんな存在を信じたくなるだけだわ。…魂、なんて…。だけど、それでも私は…まやかしでも、その命が欲しい。その魂が欲しい。冷たい計算式の中でもいいから、私はそれを実現したい…」

 はあ、と息を吐くと、誠はいつもの調子に戻り、玲の傍に膝をつく。
「その理想を実現してくれると思った研究をする人間が、こんなアニヲタじゃあねぇ…」
「アニヲタを愚弄する気か!昔からイマジネーションを啓発するアニメは科学者にとって重要な役割を…」
「もういいから」
 誠が制すると、玲はやっと落ち着きを取り戻す。
「…本当に彼らに異常はないんだね?」
「ないわよ。あったら私だって対処するわよ。そこまで非人道的じゃないもの」
「…ならいいんだ」
 まだなにか言いたそうに口をつぐんで、玲は再びリクライニングチェアに戻る。
 誠はもう止める気力もなく、玲を流し目で見やる。
「相変わらずこの実験に反対なのね、玲は」
 自分で発案した筈なのに、と、やや皮肉気味に誠は言う。
 それに玲は静かに返す。
「…この研究が、子供たちを虐げてまで完成させるべき研究だとは思えないんだ、僕には。
いずれこの研究は、医学に多大な貢献をするだろう。だが、その技術が悪用される可能性も限りなく高いんだ。対象は『人間』を定義する『心』『記憶』そのものだ。世界を混沌に陥れる可能性のほうが断然高い。そんな危険を孕んだ技術を、ここまでして完成させる必要があるんだろうか。こうなる前に止めることが僕らが取るべき道だったのではないのか?」
 誠は押し黙る。
 その懸念は、考えなかったわけではない。
 むしろ、一番最初に思いついた危険性だった。
 技術向上は、必ずしも人間の進化を示さない。
 新しい技術が生まれれば生まれただけ、人間の悪意は増幅し、侵食する。
 …しかし。
「…それでも、この技術を必要としている人が居るのよ」
 誠の言葉に、玲は少し笑った。
「そうだね…だから、僕も一応こうやって研究の代表をやってるんだ…発案した責任として」

 二人の間に、沈黙が訪れた。


 奏廻の歌声が聴こえる。


「魂を震わせているような、声だ」
 ポツリ、玲が呟いた。


****

 奏廻の歌は、何も訴えかけたりはしない。

 鈴音はそう思っている。
 奏廻の歌を聴いて皆涙するのは、自分の感情が、奏廻の歌を自分の中で同調させてしまうからだ。
 つまり、人によって、奏廻の歌は『聴こえかたが違う』のだ。
 奏廻の歌は、だからこそ魅力的だ。
 しかし、鈴音自体は奏廻の歌で泣いたことはない。
 鈴音はそれを少し残念に思う。
 ずっと、いっしょに育ってきた。
 その所為で、感動が薄れてしまっているのだとは思いたくなかった。
 鈴音にとっても、奏廻の歌は特別なものだったのだ。

「鈴音がヴァイオリンで、僕がキーボード。そして、奏廻が歌うんだ。凄いことになるよ」

 無邪気に言う響夜に、奏廻は少し戸惑う。
 瞳を泳がせて、最終的に鈴音を見た。

「…鈴音は、どう思う?」

 怯えた風な奏廻に、鈴音は優しく笑む。

「歌おう、奏廻」

 それで、奏廻の顔がぱっと華やいだ。

「…うん」

 響夜がそれを聞いて、嬉々として楽譜を取り出した。

「これ、いいと思ったんだけど…」
「うん、いいんじゃない? 奏廻ならこの高音のとこ、綺麗に出せそうだね」

 鈴音と響夜が話を進めているのを、奏廻が笑顔のままおとなしく見ている。
 …いつもの景色だった。
 奏廻はいつでも、鈴音の言ったことに従う。
 彼女にとって、鈴音は絶対者だった。
 少なくとも、周りにはそう見えていた。


 鈴音は…
 鈴音にとってこそ、奏廻は絶対者だった。
 奏廻は護らなければならぬもの。
 そして、奏廻がそうしたいと願うなら、鈴音は協力を惜しまない。
 それでも、奏廻は鈴音に依存する。

 これは彼女たちにとって、生きるための理の様なものだった。

 その均衡は、決して崩れることはない。
 …そう、信じていた。


*****
 奏廻たちは、歌手としての道に進み始めていた。
 メディアデビューを果たし、奏廻の歌声は世界を魅了するとまで言われていた、そんな矢先。

 …ある日突然、奏廻が『エリア』から姿を消した。
 『チップ』によって行動をすべて『メモリーバンク』内の研究者たちに把握されているはずなのに、何の異常も発見できないまま、奏廻の行方はロストした。
 当初、奏廻は『エリア』内のどこかに潜伏したものと思われていたが、その後、彼女のダミーのチップが、時限停止装置つきで土の中に埋めてあるのが発見された。
 奏廻が、自分の意志で出て行ったのか、誰かに連れ去られたのかは解らなかった。
 しかし、『エリア』内はその機密性のために警備は厳重であり、奏廻本人の意志がなければ脱出は困難だと考えられた。


ともかく、奏廻は姿を消したのだ。


 奏廻が消えたちょうどその日、『エリア』の外壁の付近で倒れている鈴音と響夜が発見された。
 二人とも血まみれになり、響夜は意識不明、鈴音はかろうじて意識を保っていたが、半狂乱になっていた。
 間もなく響夜は死亡。鈴音は奇跡的に回復した。
 鈴音の意志もあり、また、研究の結果を確かめるために、試作段階のアンドロイド型(軍事仕様に新たな回線を組んである)に、響夜の記憶、自我を移植。
 その後、鈴音と、響夜の移植体(便宜上レプリカント・メモリーズと呼ばれる)は、奏廻捜索の為に『エリア』を出ることを許された。


 それからもう、1年が経とうとしていた。
 奏廻は、それでもどういった経緯でかCDを出し続けているが、その出元は判らずにいる。




・そして、霧が晴れてゆく・


「…永遠(とわ)、と言っていた。あの男…」
「…え?」

 響夜は、鈴音のその言葉について行けずに訊ね返す。
 それに、鈴音は「いや」と応えて、立ち上がった。
 手には、医療器具一式を入れた黒いカバン。
 『エリア』の人間から、服と共に支給されたものだ。

「なんでもない…行くぞ」

 しばらく自分の思考にはまっていた鈴音を待っていた響夜は、鈴音がドラム缶から立ち上がったのを見て、出発を悟る。
 火を入れていた方のドラム缶の中、燃え残った木材がジリジリと音を立てていた。

「行くって…やっぱりセントラルへ?」
「ああ。…知ってるだろ? この辺の放送はすべてあそこから来てるんだ。メディアの集約された場所に行けば、奏廻の手がかりが掴めるかも知れない」
「どうしてそう思うんだい?」
「奏廻は歌ってる。歌うのは聴かせたい相手がいるからだ」
「…聴かせたい相手って?」
「…さあな」

 寂しそうに、鈴音は瞳を伏せた。

「私じゃないことは、確かだ」

 響夜は、鈴音を見やると、微かにため息をついた。
 そのしぐさは、彼が生きている時のしぐさと寸分も変わらなかった。

「メディアの系列については、『エリア』の奴らがほとんど調べ上げたんじゃなかったか?」
「私にしか、解らないことも、ある」

 言い訳にしか聞こえない、しかし、意志も感じさせるような鈴音の言葉に、響夜は思わず頬が緩んだ。

「いいよ、解った。君に従う」
「うん」

 さも当然そうに、鈴音が頷く。
 尊大な態度が、この鈴音という少女の性格を如実に現している。
 諦め半分で響夜は鈴音を見遣りながら、ひとりごちるように言った。

「どうしてるかな」
「さあね。きっと歌でも歌ってるさ」
「そうか…」


「…会いたい…」


 鈴音が、切なげな声を上げる。
 鈴音にとって、奏廻が総てだった。
 奏廻を庇護すること。
 それが、鈴音が生きることだった。


「…声が、聴きたい…」


 鈴音の望みが、奏廻がそばにいる現状を維持することに対して、奏廻の望みは、いつでも外に向いていた。
 奏廻は、鈴音の言うことに従っていた。
 それは、鈴音が奏廻の庇護者だったから、という理由に終始する。
 つまり、奏廻にとっての鈴音の存在は、鈴音にとっての奏廻の存在とは違う、ということだ。

 鈴音は報われない、と、響夜はいつも思う。
 そして、そんな鈴音を見ていると、痛むはずのない胸が、痛む。

 奏廻は、外に出たいと望んだ。
 だからこそ、彼女は、自由になった。

 彼女は、歌を歌う。
 彼女が望むままに。

 しかし、鈴音は捕らわれたままだ。
 奏廻という存在に。

(だから、僕だけは。)
 自分だけは、鈴音のそばにいよう。
 この熱のこもらない自分の腕でも、彼女を受け止めることが出来るなら。


 
**
 転がっていたバイクの部品を拾い、サライは移動手段を作ろうとしていた。
 助けてくれたあの二人は、サライが歩いていた道から100kmほど離れているといっていた。
 ならば、なんとしても戻らなければならない。

(なんだってそんなに遠いところまで運んでくれたんだか…)

 悪態をつきつつ、サライはスパナで部品を組み立て始めた。

『お前って器用だよな〜』

 ノエルが、よくそう言ってサライの手元を見ていたのを思い出す。
 ついこの間のことだ。

 会いたい。
 会って、早く起こったことを話したい。

 チームのこと。
 奏廻のこと。
 それから、あいつ…『永遠(とわ)』のこと。

「っくそ!」
 何もかもがうまく行かない。
 残っていたナットの角度も、今仕損じた所為で潰れてしまった。
 新しいナットを探す。
 散らばった鉄くず、その向こうに…

 霧が、晴れていく。

 今まで見えなかった場所が、霞の中から現れた。
 大きな、塊。 

 (…人?)

 散らばっているバイクの部品。
 よく見ると、見慣れた赤の塗装がしてある。
 これは、この塗装は…

「…ノエル!?」

 そこに、人が倒れていた。
 待ち侘びていた、人が。

 あわてて抱き起こす。
 じっとりと、何かが手に触れた。

「…ち?」

 あまりの赤さに、一瞬意識が飛びそうになる。
 しかし、それも、声で呼び戻された。

「…サライ…か?」
「ノエル! いったい…」

どうしたんだ、という言葉を言う前に、ノエルの体が重くなる。
…ノエルの意識が、また深い沼へとはまり込んだ。
サライの喉に、悲鳴のような声が一瞬、引っかかった。



***

「奏廻?」

優しい声で囁く永遠に、僕は淡く笑みを返す。

「どうした? なんや辛いことでもあったか?」

 どうしようもない僕に、それでもあたたかさをくれた永遠。
 それに、またどうしようもなく甘えていることに、僕は自分で気付いている。
 涙が出るのは、そんな僕の狡さ。

「…なんでもない。…ね、永遠、ヴァイオリン弾いて」

 また僕は、自分の願いを叶えるために、歌を歌う。
 誰か知らない人を、犠牲にして。

「…ええよ。きみが満足するまで弾いたる」

 あなたが優しいこと。
 あなたが残酷なこと。
 あなたが喜ぶこと。
 …あなたが、僕を恨んでいること。

 僕は知ってる。
 知っていて、まだ…

 どうか。
 どうか。
 この歌を聴いて。

 僕の歌で、どうか、誰も苦しみませんように。

 願うことは、いつだって同じなのに。


 僕は、歌う。
 歌うために生まれた。
 
始めるために。

 …そして、終わらせるために。



To Be Continued.







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1ページが長くてすみませんι
駆け足で書いた記憶があります。
まだ謎は半分も解けてないですね…これ終わるんでしょうか? (ええ!?)
引用↓
前回:「ダニエル」,今回:「gravity」(坂本真綾さま)