奏でられる声は永遠に廻り
song-3








 声が枯れるほどに、貴方のことを想っている。


・声・
 今、世界は僕の声で満ちている。

 広まるのは、本当にあっという間だった。
 信じられないスピードで、僕の歌が広がっていった。
 姿を隠し、誰にも捕まらないように永遠と移動し続けている、今でも。

 最初は、僕の声を聞いてくれる人がいるだけで満足だった。
 僕の声が好きだと言ってくれて、嬉しかった。

 僕は知らなかった。
 僕の声のことについて、僕はいろんなことを知らな過ぎた。





 短い時間のソナタを終えて、永遠は僕に振り向いた。
 その甘やかな旋律に拍手を送る。
「元気出たか?」
 優しげに聞く彼に僕は頷く。
 それに安心したかのように笑って、永遠は手にしたヴァイオリンをケースに仕舞い始める。

 荒れ果てたコンクリートビルの廃墟。
 所々、壁の部分に色が残っているが、申し訳程度でしかない。
 そんな殺風景な景色に、横たわる金属の体。
 女の姿をしているそれを捉えて、僕の胸は鋭く痛んだ。

「ありがとう、永遠」
 なんとか言葉を紡ぎだす。
 どうか、滲む涙に気付かないで。
「…それじゃあ、行こっか」
 ケースが片付いたのを見届けると、僕は衣擦れの音を立てて、艶やかな黒のスカートを翻した。
 腰まで伸ばしている僕の黒い髪が、同じように柔らかく広がる。
 その髪がパサリと落ち着くと、永遠は少し黙った後で困惑気に浅く息を吐く。
「…せやな」
 左手にケースを持つと、心を決めたように、永遠が僕に右手を差し伸べた。
 その手をとろうと指先を触れさせたところで、僕は手を止める。
「…どした?」
 見つめてくるその瞳を見る。
 漆黒の瞳を見ると、いつもその色に呑まれそうになる。
 大きな不安と安堵の影が、僕の心を覆い尽くしていく。
「…なんでもない」
 笑顔を作ると、永遠も僅かに笑った。
 躊躇った手をそのまま彼の手に重ねれば、優しく握り返してくれる。

「ねえ、永遠」
「なんや?」
 僕の声に、彼はいつでも優しく返してくれる。
 でも、僕が欲しいのはそんな声じゃなく。

「サライは、大丈夫かな」

 永遠の優しい仮面を剥ぐ言葉を吐く。

「……知らんな」
 思ったとおり、彼の優しさは一瞬で鳴りを潜めた。
 獰猛そうな光を宿した瞳で、宙を睨む。
「ノエルも、酷い怪我だった」
「どうでもええやろ」
「カノンと、カエデも…」
 ガンッ、と音を立てて、永遠がヴァイオリンケースを落とした。
「ええ加減にせえ!」
 永遠は激情に任せて僕の肩を掴む。
 でも、僕はそんなことでは怯まない。
 …怖いことなんて、ない。
「どうして裏切ったの」
 僕は、自分の瞳に力がこもっていることを祈りながら、永遠の漆黒を見つめる。
 幸いにも効いたらしく、永遠の動きが止まった。
「大切にしてたじゃない。…どうして、裏切ったの」
 その言葉に、永遠の顔が歪む。
 哀しそうに。
 苦しそうに。
 …どうして、そんな泣きそうな顔をするの?
「……おまえ、が…っ」
 永遠は、苦しげに息を吐き出すと、それ以上は続けようとしなかった。
 彼の赤い髪が、微かに揺れる。
「…いや、いいんや。おまえの気にすることやない。…俺の問題や」
 顔を背ける永遠に、かけていい言葉なんてわからない。
 何か、言葉をかけるつもりもないけれど。

 コンクリートから四角く切り取られた窓から、外を見る。
 深い霧の中で、見えるものなんて何もない。
 光さえも、淡く生命短いもの。


「何処かへ 何処かへ 何処かへ 何処かへ…」

 僕は歌う。
 それが、彼女の願いでもあったから。

「なんでその歌やねん…俺、それ嫌いや」
「僕は好き」
「…おまえ、」
 永遠は、俯いたまま瞳だけ上げる。
「俺からも逃げる言うんか」
「……」
 僕には、自由なんてない。
「おまえは、まだ自由が欲しいんか」
 ―――自由なんて。

「生まれたときから、自由なんてないよ」

 続ける永遠の言葉を聞きたくなくて、僕は出来得る限りの声で、叫んだ。





・夢見ることを赦された世界・

 エリアには、当然のように果てがある。
 枯れることのない広がる草原。
 いつでも蒼く、雨の降らない空。
 エリア、と呼ばれるその研究所は、技術の粋を集めた、信じられないほど巨大な建築物だった。

 夜になれば空を模した頭上には星が現れ、子どもたちは各々地下にある柔らかな寝床に向かう。
 入り口は様々なところにあった。
 芝生の至るところにセンサーがあり、子どもたちが開くように命ずると、その部位の入り口が開く仕組みだ。
 脳内に埋め込まれた、記憶を蓄積するためのチップ。
 脳にチップを直接埋める、というリスクを冒してまでの利益のための研究の成果でもあった。

 その巨大な箱の中。
 奏廻、鈴音、響夜は、壁の見える辺りで過ごすことが多かった。
 白く、冷たい印象すら感じる大きな壁。
 その壁は、世界と自分たちを隔離するために堅牢なつくりをしている。
 一見その壁はただの塀にしか見えない。
 しかし、その塀の上は空の姿をした天井に閉ざされていることを、皆知っていた。

「奏廻! そろそろ行くぞ! 仕事だ!」
 その壁を見上げるようにしていた奏廻に、鈴音は声をかける。
 そうやって物欲しげに空を見上げる奏廻を見るたびに、鈴音の心は掻き乱された。
 空を恋しがる奏廻。
 生まれてから十数年間、共に育ってきたのに、鈴音には奏廻が解らないままだった。
 奏廻は、鈴音に束縛される。
 けれど、奏廻はそれを望んでいるように見えて、実はいつか鈴音から離れたがっているのではないか、と、鈴音には感じられた。
 胸の裡の膨れ上がる不安を隠して、鈴音は奏廻に再び声をかける。
「奏廻、この空は偽物だってば。解ってるだろ?」
「知ってるよそんなこと。…あのね、壁と、空の色した天井の繋ぎ目はどこかな、って思って、探してたの」
「繋ぎ目?」
「そう。気にならない?」
「…色が変わってるところじゃないのか?」
 突拍子もないことを口にするのは奏廻の常なので、鈴音はそっけなく応える。
 しかし、その応えには奏廻は不満のようで、尚も空を見上げながら更に疑問を口にする。
「そしたら、何か建材が見えると思うんだけど…すごく色が自然で、接ぎあてられてるようには見えないんだよね…」
「なら、都筑にでも聞けばいいだろ。今から会うんだし」
「鈴音ってば…ロマンがないなー」
「それ、ロマンの問題なのか?」
 今度は不満を露にして、奏廻は頬を膨らませた。
 それに笑って応えながら、鈴音は奏廻の手をとる。
「ほら、久しぶり本物の空をに拝めるんだからさ、作り物の空にこだわることないだろ?」
「…そうだね」
 鈴音の言葉にすぐに機嫌を直した奏廻は、にっこりと笑って鈴音の促す方へと歩き出した。
「おーい、急げよー! 都筑が爆発しそうなんだよー!」
 向こうの方で、響夜が急かすように手を振っていた。
 その一瞬後に、耳を引っ張られた響夜の痛々しい悲鳴が聞こえた。



 酷く、箱庭めいた滑稽な世界。
 たとえ外にいるように錯覚していても、その実は作られた楽園でしかない。
 自嘲めいた風情で、杉本玲はモニターを見上げる。

 子どもたちの住む楽園の、その地下さらに深く。
 そこに、彼らの研究室はあった。
 広く美しい地上の幻想とは打って変わり、その研究室は薄暗い。
 巨大なコンピューターから発せられる熱は強力なクーラーでも除ききれず、部屋は微かに熱を持っている。
 地上にある研究室の分室に設置されたコンピューターは、それだけでも目眩のするほどの大きさと量だが、地下のホストコンピューターはそれどころの話ではない。
 子どもたちの、膨大な量の記憶を蓄積するためのものである。
 記憶の全てはこの信じられないほど巨大なホストコンピューターに集約され、圧縮され、蓄積されてゆく。

 言うなれば、これはここに住まう子どもたちの世界のレプリカ。
 情報が人格を作り出していく、というのが玲の導き出した考えである筈だった。
 ある時は時間が記憶を曖昧にし、ある時は強い記憶が鮮烈に焼きつく。
 このコンピューターの中に、いつか役に立つと保存された人間の記憶のバックアップが出来ている。

 流れるデータを、信じられないほどのスピードで読み上げていた玲は、一通り仕事が終わると重い息を吐いた。

「それでも、記憶だけが人をかたちづくる全てではない、という考えはは…穿ちすぎか?」

 タン、とキーボードを叩き、今まで見ていたファイルを閉じると、玲は別のモニターへと視線を移動させる。
 そこには、今から研究所の管理下にあるスタジオに送り出される奏廻、鈴音、響夜の姿が映し出されていた。

「せめて、幸せに生きて欲しいと思うのは、僕たちのエゴだろうか…」

 オフィスチェアの背もたれに寄りかかると、玲は静かに瞳を伏せた。
 デジタルラインで配信されるセントラルエリアからのラジオ放送からは、ひっきりなしに奏廻の歌が流れていた。

 奏廻たちの歌は、早くも世間に認められ、その収入は玲たちの研究費へと回っていた。
 奏廻たちの歌が重要な収入源になっているということは現実であった。
 だからこそ、最高責任者とも言える誠が、彼女たちのサポートに入っているのだ。
 奏廻たちの記憶は、このエリアから離れても蓄積できるようにチップと、転送装置に改良を加えてある。
 そのメンテナンスとしての責任者をつけるのは最重要事項であった。
 今のところスポンサーの数も増え生活水準が上がったことに違いはないのだが、子供たちの自由度が増えたかと言うと、そうでもないのが現状だ。


「……何処かへ 何処かへ 何処かへ 何処かへ……」

 震える空気に耳を傾けて、そのフレーズを追いかける。
 疲れた目を手で覆うと、彼は鉛のような重い吐息を吐き出した。




**

「TONE」

 聞こえる声の向こう側まで ただ向かっていくことが運命だと思っていた
 輝ける世界の彼方 果てなんてなくてもいいから

 何処かへ 何処かへ 何処かへ 何処かへ

 縛られない世界へ 捕らわれない世界へ
 いつか行ける 生命の限りに
 遥か遠いこの地から 君にこの声が聴こえますように





 奏廻の書く詞は、自由への渇望の歌ばかりだ。
 そのことに少し不安を感じながら、鈴音はその詞に目を通していた。

 収録の休憩時間中、奏廻は「本物の」空を見ていることが多い。
 今回も空を見るために、わざわざ外にでて、近くの公園の丘に登り座り込んでいた。
 奏廻が空を食い入るように見つめている間、鈴音は奏廻の書いた詞を確かめるように目でなぞり、響夜は音符を辿っている。
 
 デモテープを作ることを指示されているため、研究所で録った音源は杉本の手元にある。
 全てが彼らに管理される世界だが、それを鬱陶しい、と思ったことは、鈴音にはなかった。
 しかし、奏廻はそれが苦痛なのだろうか。

 鈴音は、常に不安だった。
 今奏廻は自分の傍にいるのに、いつか何処かへと逃げたがっているのではないか、と。

 その不安が現実になることを、この時の彼女は知る由もないことであったが。

「奏廻ー! そろそろ時間よ! スタンバイ入って!」

 マネージャーでもある誠が、奏廻たちを呼びに来ることで、鈴音は我に帰る。
 奏廻を振り向くと、空を正面から睨んだまま動かないでいた。
 その無表情な顔に鈴音は一瞬怯むが、無理矢理明るい声を出して奏廻に話しかける。

「奏廻、行こう?」

 鈴音が声をかけると、奏廻がうっすらと笑って返事をする。

「うん」

 響夜はその様子を見ると、奏廻の手を引いて立ち上がるのを手伝った。
 奏廻はそれに素直に従うと、ありがとう、と柔らかく笑う。

「響夜、変更したい所あった?」
「ううん、ないよ」
「じゃあ、メロディの変更はなしだね。まあ、あれだけ煮詰めたんだから当然って言ったら当然だけど」

 鈴音が笑うと、響夜も苦笑する。


 鈴音にとって、この時間が全てだった。
 柔らかな時間。
 時々だが、触れることの許される「自然な」世界。
 この時間こそが護るべきもの。
 安定して、揺らぐことのない関係。
 奏廻を護り、それを取り巻く世界を守る。
 これを壊されることは、鈴音にとって考えることすら恐ろしいことであった。
 壊される筈などないと、頑なに信じていたにも関らずに。



 ある日、研究所の一番のスポンサーが奏廻たちに会いたいと言ってきた。

 申し出てきたスポンサーは、マリア・シュヴァルツという資産家の女性だった。
 彼女は、金の長い髪を緩やかに波うたせ、碧の瞳を持つ美しい女性だ。
 しかしそのはかなげな要望を裏切り、彼女はたくましく生きている。
 彼女はこの混迷の時代の中で、一代で財を成したやり手の女性だ。
 その収入源は、コンピュータ頭脳の搭載されたアンドロイドの販売である。
 会社の名は、「アビリティ・コーポレーション」といった。
 これは、後に「レプリカント・メモリーズ・インク」という会社の基盤となる会社である。

 アンドロイドに搭載されるコンピューター頭脳の質は、ここ近年で飛躍的な進化を遂げてきた。
 しかし、それに人間らしさを付加することは不可能ごととされてきた。
 ところが彼女は、機械で独自の思考を作り出すよりも、元から在る人間の思考をコピーしたデータを下地にした方がより人間らしい感情を持たせることが出来るのではないか、ということに思い至った。
 そこで、杉本玲と都筑誠による発展途上の共同研究に目をつけたのだった。

 その考えは果たして間違いはなかった。
 彼女の考え出した感情を持つアンドロイドの研究は実を結び、更に莫大な利益をもたらすことに成功したのだ。

 主に使われたのは、軍用アンドロイドであった。
 軍といえども、最初から優秀な軍人などあるはずもなく、危険な目にあえば人的被害も大きい。
 このところ増えたテロによって、前線に出ている優秀な軍人ほど生きて帰ることが叶わないという場合が多くなっていた。
 そこで使用されたのが、この「人の感情を持つアンドロイド」である。
 思考回路も人間のパターンを組み込んである為、作戦の成功率、遂行率も上がり、また余計な感情を削除することも容易いためミスを少なくすることが出来る。
 まだまだ改良の余地はあるが、数が多く出回っているアンドロイドの使い回しの改良版のため、彼女の会社にとって幸いした。
 こういった軍への介入によって、研究資金は増えて行ったのだ。

 軍のアンドロイド需要が顕著になる理由―――「反セントラル派」と呼ばれる者たちによるテロ。
 それは、市民にとって単なる暴力による平和への反逆だった。

 彼らの手口は残虐の一言に尽きる。
 軍でさえも手を出せない危険な兵器をやすやすと作り出し、使ってくる。
 主な目的はセントラルの統制下にある町の破壊、そして、その混乱に乗じた窃盗である。

 テロの被害で生まれた孤児たちの中に、奏廻たちがいた。
 荒れ果てた町の中、立ち尽くしたままだった奏廻たちは、検体としての子供たちを探していた玲たちに拾われたのだ。
 その彼女たちが歌手デビューするにあたり、後見人となってくれたのは、他でもないマリア・シュヴァルツだった。
 今回会いたいと言う申し出も、その関係からすれば、特別におかしいことではない。

 しかし、待つように言われた場所にいたのは、見たこともない少年だった。

 名をノエル・シュヴァルツと言い、マリアの一人息子だという。
 硬質そうな黒の短髪をワックスで固めて立ち上げている。
 泉を思わせる静かな瞳は、母親に似た碧色をしていた。

「はじめまして」

 少年は、臆することもなく奏廻たちに笑いかけた。
 それが崩壊の序曲であると、告げることもなく。


***
 荒く息をするノエルに、銀の髪、褐色の肌の少年が、自らの傷が開くのも構わずに手当てをしていた。
 サライだ。
 ヘイゼルの瞳には今、ノエルしか映っていない。
 ノエルの白い肌には醜い肉がえぐれた後があり、その肌に映える赤い血が所々に残っている。
 その泉のような碧の瞳は、未だ閉ざされたままだ。
 出血の原因は、右肩の銃創だった。
 弾は貫通している。
 こんな時に、移動手段さえままならず医者にも見せられないことがもどかしかった。
 …と、そこまで考えた時に、サライは半日ほど前に助けてもらった男女二人組みをふと思い出した。

 あの女の方が(鈴音、と言ったか)、縫合の技術があるといってなかったか。
(でも…)
 いくら技術があるといっても、信用の置けるわけのない人間だった。
 あの奏廻の関係者だ。
 第一、連絡も取れない。

(連…絡…?)

 その考えにサライは僅かに怯んだ。
 しかし、その考えを振り払うことが出来ずに、ポケットの中身を探る。
 ……そこには、あの二人の片割れ、響夜とか言う男に渡された、『端末』…銀の指輪があった。

(こうなったら背に腹は変えられない、よな…)
 なんとかして彼らに連絡を取ろうと、サライは心を決めた。
 しかし、どうにか端末と呼ばれていたこの指輪の使い方を見出そうとしたが、どこからどう見てもただの指輪にしか見えない。
(ほんとにこれ、機械…なのか?)
 指輪だから指を入れてみよう、と思いたち、サライはとりあえず左の中指を嵌めてみる。
 途端、カチッ、と音がすると、指輪の幅が突然広がり、第二関節まで覆うような形になった。
「うわあっ!」
 突然動き出したそれに、サライは思わずあわてた。
(つーか電源どこだよ?)
 伸びた部分の面も滑らかで、うんともすんとも言わない。
 広がった指輪は、もはや指から外れなくなっていた。
 しばらくあっけに取られていたサライだが、だんだん腹立たしくなってその指輪に怒鳴りつけた。
「おい! 何だこれ! 端末とか言ってただの動く指輪じゃねーか!」
 怒りをぶつけるあてもなく、指輪を嵌めた左手で地面を殴る。
 その衝撃で、縫ったばかりの彼の傷も少し開く。
 ぐっ、と顔を顰めると、サライは
「くっそー…一瞬でも当てにした俺が情けねえ…」
 泣きそうな気分になりながら、指輪のほうは当てにしないことにしてサライは見よう見真似の治療を再開した。
「ノエル…」
 苦しげな呼びかけに、応える声はなかった。



 悲鳴のような音を立てて、鈴音たちの乗る車が急停車した。
「っと、こら! いきなり止めるなよ響夜! なんだ?」
「いやあ、サライが早くも端末を使おうとしたみたいだ」
「はあ? あのガキがぁ?」
 忌々しげに顔を顰める鈴音に、響夜はさらりとした笑顔で言う。
「まあ、アンドロイドじゃなきゃ、ちゃんと使えないみたいなんだけどね、あれ」
「…は?」
 のほほんとした笑顔で言う響夜に、さすがの鈴音も呆けた顔になる。
「まあ、生きてる人間に対して使うとしたら、発信機と…盗聴器、程度にしか役に立たないね」
「発信機…おまえ、まさか、あいつのことで何か掴んでたのか?」
 訝しげな顔をする鈴音に、響夜はあまり表情を動かさない。
「奏廻について何か知ってる、ってことくらいはね」
 しれっと言う響夜に、今度こそ鈴音は驚愕する。
「……ッてめえ! なんでそれ言わねえんだよ!」
 鈴音は乱暴に響夜の胸倉を掴むが、響夜は平然と言う。
「言ってたら、君、問い詰めるだろ? 彼、何か知ってそうだったから、上手くすれば手がかりを掴めるんじゃないかと思ってね」
 動じない響夜に鈴音はしばらく口をパクパク言わせていたが、落ち着きを取り戻すともといた助手席に座りなおした。
「……おまえ、いい性格してるよな……いつ、解ったんだ」
「え、普通に質問してる時だけど。ほら、僕って軍用アンドロイドだろ。ポリグラフとかサーモグラフィとか、いろんな機能がついてるみたいなんだよね」
 まだ使いこなせてないけど、言って、響夜はなんでもないことのように笑う。
 その笑顔に、鈴音は自分の心が急激に冷えていくのを感じていた。
 冷たい鉄を呑まされたような気分…。
「…で、使おうとしたってことは、なんかあったんだろ。なんだよ」
 突然声音が硬化した鈴音に、響夜は少し訝る。
「怒った、の?」
「怒ってねえよ。何があったのか、って聞いてんだ。向こうの声、聞こえてんだろ」
 鈴音が怒っているのはいつものことなので、響夜は僅かに溜め息をつくと、聞こえる音声を報告する。
「さっき彼が言ってた、ノエル…ってやつが、重傷を負ってるらしい。傷の手当をして欲しいらしいね」
「ふん…助けたら報酬として是非とも手がかりが欲しいところだな」
「そうだね」
 苦笑して鈴音に同意すると、響夜は車をUターンさせ、今来た道とは逆の方に向かわせた。




・エコー・
 僕の声が硬質なコンクリートに残響を響かせた。
 永遠は呆然として、僕を見ている。
「…奏廻…」
「僕は」
 遮るように、僕は僕の声を放つ。
「僕は、自由が欲しいなんて思ったことは、ない」
 毅然と言い放つつもりだったのに、思わず目の前が滲む。
 堪えきれない涙が筋を作る時、永遠が僕の頭を抱き寄せた。

「悪かった、奏廻」

 永遠が、腕に力を込める。
 声が、酷く、遠い。

 僕は歌に捕らわれている。
 この声に。
 この身体に。

「も、いい…」
 声が震えないように、気をつけて声を出すけれど、思ったよりも掠れていた。
 弱い自分に嫌気がさす。

「行こか」
「…うん」

 僕の声が、あなたに届くことがあるのだろうか。


 遥か遠いこの地から 君にこの声が聴こえますように


To Be Continued.









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諸事情によりカンテラを脱退したのでもはやあちらに気を使う必要もなくなりました。
奏廻3作目です。短め。
書いてるときはうつ状態だったり仕事が多かったりと結構ギリギリで書いてました。
でも一応そこそこに仕上げたつもりです。

今後はこちらで連載形式にしていきたいと思います。
一ヶ月にひとつ増やせるとイイネー(遠い目)
一話がもっと読みやすく短くなると思います。