infinity








「リラ!?」

リュウヤはその体に向かって叫んだ。
ベッドから上半身を起こしたかっこうで、リュウヤのいる右に手を伸ばしていた。
そして、壁を向いていた顔が、ギシギシと音を立てそうなほどゆっくりとリュウヤを向いた。
その顔に、いつもの表情はない。

フワ、と、何か他の力で持ち上げられたように、リラの身体が宙に浮き、ベッドの上に立ち上がる。

リラは終始無言だ。

その瞳に力はなく、光も、なかった。

「…エヴァまで…こっちに来たって言うの…?」

パンドラは、その色のない表情におののく。
この匣を狙う者… そのなかで最も純粋な破壊を望んでいるのは、彼女に他ならなかったからだ。

「…リラ……」

リュウヤが何か言いかけたが、リラは反応しない。
広い部屋を見渡し、パンドラの姿を捉えた。

と同時に、その表情が一転、牙を向く。

目にも留まらぬ速さでパンドラの眼前に飛び込んできた。

「……あ……」

戦慄。
圧倒的な恐怖。
感情の見えない、硝子玉のような、瞳…

魅入られたように動けなくなったパンドラの前で、悠然と彼女は、円を描く物体を拾い上げた。

「やめろ! リラ!!」


―――ガチャン―――


一瞬の躊躇いもなく、リラの姿をしたエヴァは、解放のための指輪を匣へ組み込んだ。
その音に、パンドラは匣を見下ろす。

その顔が、絶望に歪み蒼くなって行く…


「…あああああぁッ!!!!」


一瞬の沈黙の後、匣からあの黒い触手が這いずり出る。
洪水のような勢いで、黒が、漆黒が、闇が全てを覆いつくしていく。

声すらあげているのかどうかわからないまま、パンドラは黒を見上げていた。


見も世もなく、泣き叫びながら。











































・infinity・


そこには、ただ砂のみがざわめいていた。
街はすべて砂に…人も、植物も、水も、すべてが砂になった。
パンドラはひとり、そこに立ち尽くす。
匣も、また新たな旅に出てしまった。

……雲行きが怪しい。

あの時と同じ、ゴロゴロという獣のような鳴き声が聞こえる。
光が雲で遮られると、そこに、あの巨木が現れた。


…ヴァイオリンの音色が聞こえる。


「もう一度、例え話をしようか?」

カノンを弾きながら、あの男が問う。

「答えは、同じよ」

絞り出すような声に、男はおどけたように言った。

「所詮この世はそんなものさ。君のそのワンピースのような」

パンドラはその言葉に身体を震わせた。

「白…白ねぇ…はは、いいザマじゃないか!!
  その白に幾つもの罪を重ねて、真っ黒に染め上げるんだろう?」

パンドラは応えない。

「だが…僕にはそれが、もう真っ黒にしか見えないよ」

男は嘲笑した。

パンドラは男を睨む。

「まあいいさ!世界は無限に広がっていく。
  君の罪もまた、もっと深い、いい色になっていくんだろうよ!」

また、例の土砂降りになる。

「楽しみにしているよ」

男は木の幻影と共に、その場から消えた。


「わかっている……わかっていることだ、アダム」

パンドラは、苦々しげにその名を呼んだ。



頭の中には、何度もリフレインするカノンが鳴り響いている。
無限に広がっていく、この世界の絶望のように、響くたび、強く。

抱えきれない胸の痛みを抑え、空を仰いだ。

すぐに、次の場所に行かなければならない……

それでも、パンドラは動くことが出来なかった。




涙は、雨と共に流れゆく……






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終わったー…
打ち直すのって結構手間がかかりますね…(今更)

パンドラの匣、という題材が使いたかっただけの話なんです(笑)
神話の知識とか本当に齧ったくらいしかないんですけどね…
何度も言いますが、ほとんどこれ創作神話になってますのでその辺ご理解いただけると…

昔の作品ですし、ね?w

機会があれば本編の方も書きたいんですがねー。
ファンタジーはちょっと食傷気味かなー。