雪椿




 はらはらと、宵闇に雪が舞う。
 暗闇に浮かぶ白の花弁、そのやわらかな姿が、灯された蝋燭の炎に浮かび、再び闇に消えてゆく。

 街灯も遠い暗闇の中で、ぽつんと現れたその光の領域は、通りかかる人がいれば季節外れの蛍にも、人魂にも見えたかもしれない。

「……やっと、来てくれた」

 黒曜石を思わせる、艶やかな光を返す石。
 鏡のように磨かれた表面に映る、色鮮やかな椿の紅。

 逢瀬の場所は墓地の中。
 戦没者眠る、磨かれた石碑と――雪に映える椿の垣根の狭間。

「……いつから待ってたんだ、こんな雪の中」
「……ずっと」

 燭台に蝋燭を乗せた女は、困ったように少し笑った。
 厚着した着物の肩が白く染まり、その時間の長さを知らせるようだった。

 男はその雪を払うため、身に着けた法衣の袂を揺らす。
 無愛想な態度ではあるが、それでもその行為に女はゆるりと目を細めた。

「……ありがとう」

 呟き、女は燭台を石碑の台座に乗せる。
 そして、男の空いている手をとった。
 ――冷たく、白いその女の手は、まるで。

「……これで、最後だから」

 その言葉に、男の手が止まる。
 僅かに震えたかと思うと、思いとどまったように、最後の一片の雪を払った。

「……莫迦なことを」
「本当よ――わかるもの」

 自分のことくらい、ちゃんと。
 吐息のような淡い言葉に、男の眉が顰められた。

「だから今日こそ、貴方に会いたかったの」

 このところ会えなかったから、不安だったのよ。
 そう言ってほんのりと笑う顔にもまた、雪が舞う。
 白い顔、赤く引いた紅。
 それさえも、まるで。

 ちらちらと、炎の光の領域に舞い散る雪片。
 その向こうに見える、紅い花弁。

 雪の白さに映える紅。
 潔く、縁起の悪い雪椿。

 深く組み合わせた指先から、己の体温が吸い取られてゆくのを感じながら、男は、女の手を逃すまいとより強く握る。
 くつり、と、女が笑った気配がして、男は顔をあげた。
 ゆるく結い上げられた髪。それをまとめる漆塗りの櫛に映える紅の椿。
 項を見せるように俯いたまま、そっと、女は言葉を紡いだ。

「ねえ住職さん……輪廻転生は仏の教えだったかしら?」
「……そう、だが」

 苦々しく、男が答える。
 それを確認するかのように女は軽く息を吐く仕草をした。

「素敵ね。死んでも魂は不滅、なんて。――新たな肉体に宿って、またきっと会える」
「……死んでからのことなんて、誰にもわからない。そんな不確かなもの、信じる気にもなれん」
「ずいぶんと反教義的なのね」

 くすくすと笑いながら、女がおもむろに顔をあげた。
 その拍子に、髪を留めていた櫛が、音もなく滑り落ちる。

「あなたがそうでも、私はそれを信じてもいいわ……信じたい」

 男の視線が、その櫛を追った。カラン、と音を立てたそれを、男は拾おうと屈み込む。
 女は身じろぎをする様子もなく、その動作を見守りながら、唇を結んだ。
 痛みに耐えるように、強く。

「私が、ここで今、終わっても……」

 はっとしたように、男は顔をあげた。――そこに、女の姿はなく……

「また会えるよね」

 垣根の椿が、突風の予兆に揺れていた。

「――つば、き……」

 男の手には、ひと挿しの櫛。
 それだけが、女の存在した証となった。

 墓標代わりに植えられた、紅い紅い雪椿。
 人の血を吸って、より濃く紅く咲誇る。
 そこに、何かを求めるように、男は切なくその手を伸ばした。



 風が吹いて、炎が消えた。

 ぽとりとひとつ、椿が死んだ。



















3また会えるよね


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2006.12.17



SS3つめ。

再び幽霊ネタになってしまったのです。ノワールと被る。
椿が何者だったのか、どうして消えたのか。
その辺はご想像にお任せしますw


(えげつないこと考えてたので伏せておいた方がいいと思ったらしい)





最初、牡丹と椿が頭の中でごちゃごちゃになっていて、牡丹灯篭を絡めようとしていたのは内緒です(笑)





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