ひだまり





「ねえ」

 公園のベンチに座る人影。
 小春日和のひだまりの中、ぽつりと零れた言葉。
 向かい合って立っている私を、不思議そうな顔をして、彼は見上げた。

「どうしてそんな顔、するの」

 手を伸ばして、触れられる頬。
 溢れてしまった感情だから、もう、自分ではどうにも出来ないだけなのに。

「そっちこそ、どうして平気でいられるの」

 悔しくて、哀しくて……申し訳、なくて。
 与えられるぬくもりに、つい総てを預けてしまいたくなる衝動を、どうにか抑える。

 大好きだったあの子が、死んでしまった。
 誰でもない、私の、所為で。

「仕方がない……としか、言えないからね、僕には」

 苦笑気味に言う彼は、妹を殺してしまった私を、どうして気遣う風でいられるのだろう。
 ……報復、だろうか。
 優しくされればされるほど、身につまされる。

 私は、こんな人から、たった一人の肉親を奪ってしまった。

「……最期、あの子はなんて言ってたって?」

 優しげな調子で、彼は私に問う。
 罰のように、何度も、何度も。

「――ごめんね、って……」


 『ごめんね……約束、守れなかった』

 約束。
 他愛もない、幼い約束だった。

 ずっと、一緒にいよう。
 どんなことがあっても、一生友達でいようね。

 たぶん、そんなことは無理だっただろうとは思う。
 でも、離れるきっかけは、こんなことじゃなかったはずなのに。

 私はあの子が大好きだった。
 本当に、本当に大好きだった。

 それが、その気持ちが、あの子を追い詰めてしまったのだ。

 大好きだよ、と、気持ちを伝えて。
 答えが欲しい、と言ってしまった。

 本当は答えなんてなくて良かったのに。
 あの子の気持ちなんてなくても、あの子が幸せならよかったのに。

 それでも誘惑に耐え切れず、私は求めてしまったのだ。

 いつものように彼女の部屋に会いに行って。
 見つけたのはおびただしいほどの、血の海。

 ――自ら手首に深い傷を負わせて、体から血を絞り取るように流してしまったあの子。
 白い顔で、冷たい息を吐きながら、あの子は私に言ったのだ。

 『ごめんね……約束、守れなかった』

 思い出し、涙を流す私に、目の前の、あの子の兄だと言う人が、私の眦から涙を掬った。
 優しげな、……どこか虚ろな目をして、遠くを見るように、笑う。

「泣かないで」

 お葬式で初めて出会った彼は、私に、自分はあの子の兄だと名乗り、両親を亡くした後、たった二人で生きてきたのだと語った。
 涙さえ流さずに笑う彼に、いっそ痛ましささえ感じて。

「……でも、あの子を追い詰めたのは、私だから……」

 ごめんなさい、と。
 そう伝えたくて、ようやく顔をあげる決心がついて、彼の顔を覗きこんだ。

 目の前にあるのは、鳥肌が立つような、完璧な笑顔。

 ようやく私はその異常さに気付いて、息を飲んだ。

「君があの子に何を言ったか、知らないけどね」

 にこやかに、いっそ明るく、と言った方が適切なように、彼は言葉を紡ぐ。

「あの子を死なせたのは、僕の功績だよ」

 浮かぶ視線の冷たさは――
 敵意。

「僕はあの子を愛していた。ずっとそう言い続けて、追い詰めて、僕からあの子を取り上げようとした両親さえも消して見せた」

 にやり、と言った風情で、彼は口角を上げる。

「そうしてようやくあの子は自ら死を選んだ。これであの子は僕のものだ」

 それを、と呟いて、彼は低い声で狂気を滲ませた。

「それを、君ごときに乱されたくないんだ」

 私の頬を触れていた彼の手の体温が突如冷たく感じられた。
 その手はずりずりと音を立てるように顔を滑り、喉元で止まる。

「だから、もう泣かないで」

 優しい言葉と、冷たい狂気。
 抗う術も許されず、私の意識は黒ずんでいった。




















1 泣かないで。



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2006.11.7



日付はSNSに書いた時のものに統一します。

とりあえずと思って書いた一作目。
死にネタって普通は感動の方に走るもの……?
セオリーが書けなくて方向性が間違ったような気がして仕方のない一作目でしたw

ここからどんどん死にネタが怖いものネタに走っていくという……




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