Dream Taker









夢狩り:
魂が生まれ、地球に生まれ行き、そして死後戻ってくる場所…Lost Angels。
この世界に生きるものにとって、地球に存在していた記憶は「夢」に等しい。
しかし、此処から再び地球へ戻る時、前世の記憶は抹消せねばならない。
夢狩りとは、その記憶を切り捨てる役目を背負う者の名である。



光と闇の勢力が支配する中で、この土地を陽と陰でたとえるなら、此処はきっと陽の土地だ。

「生命の樹」と呼ばれる樹のまわりには、幾千もの花がある。
花は、時たま無垢な魂を産む。
生命の樹は、この世界と地球を結ぶ道だ。
樹の大きなうろの中には、水が貼っているように光と影が揺らめき、地球から死者の魂を引き連れて、
また、僕らのうちの誰かを地球へ連れて行く。

「浮世が夢だ、なんてさ、誰が言ったんだか」

僕の隣に座って、その生命の樹を見ていた、サイザという男が悪態をついた。

「おい狩夢! 空しくなんねーかよ、こんなの見てて。
俺たちは仕事しねーと、どんなに行きたくともあっちには行けねーんだぜ?」

「だけど、綺麗じゃないか」

意識はしていないものの、我ながら妙なレスポンスだ。
それに突っ込むこともなく、サイザは立ち上がった。

「綺麗? これがか?こんなもん、不必要だった俺たちを産んだ魂生産器だよ!
生まれる前に殺される運命の魂なら、産まれない方がよかったんだ!
こいつは俺たちが殺されるのをわかってて産んだんだ!
融通の利かない頭の悪い生きモンなんだよ!」

言うだけ言ってしまうと「先行ってるぞ」と低く呟き、サイザは僕の側を立ち去った。

サイザは、ああは言ってたけど、彼もわかっている筈だ。
魂は全くの自然条件で生まれてくる。
そこに意思は存在しない。

僕らは、生まれる前に親に殺された子供の魂だ。
彼の怒りの本質は、地球に住む、顔も知らない両親に向けられている。
…いつか、自分でその記憶を狩る時が来るのかもしれないと怯えながらも。

ここは総ての魂が集う場所。
このLost Angelsでの僕らの仕事は、過去の夢を狩ることだ。

生まれ変わるためには、総ての記憶は捨てねばならない。
でも、僕らには記憶がない。
だからこそ与えられた僕らの仕事。

「夢狩り」

他人の夢を狩ることで、僕らは自分の記憶を持つ。
そして、殺された僕らには今後のことを選ぶことが出来る。

輪廻して、地球へもう一度転生すること。
地球へは行かず、この世界で生きること。
そして…消滅。

魂の消滅はいずれ訪れることだが、それがいつかはわからない。
自殺する者もいる。
しかし、それはあちらの世界へ行くことにしかならない。


完全なる魂の消滅。

仕事を終えた夢狩りの中には、結構それを望むやつがいる。
大半は、こちらで生きることを望む。
それは、あちらに行くのがただ怖いのだ。
一度、自分たちを殺した世界が…。



ふと、いつも感じている気配に気付いた。

死の気配だ。

周りを見回す。生命の樹の陰に、誰か…少女だ。
十代後半…僕と同じくらいだろうか。
(もっともこの世界では歳を取らないから正確ではないけど)
少女が僕の方を見ている。
怯えたように…執着しているかのように、微動だにせず、じっと。

「…あの…」
声をかけようとしたその瞬間、彼女は身を翻して、その場を去っていってしまった。

風が一つ駆け抜けて行った。

…と、間もなく、生まれ変わる直前の魂を探しに行っていた筈のサイザが戻ってきた。

「おい! 狩夢! 今女の子がここに来なかったか!?」

意気込んで聞くサイザ。
僕の直感がささやいた。

『彼女はサイザの獲物だ』

気付いた瞬間、僕は嘘をついていた。

「いや、見なかったけど…」
「そうか…じゃあこっちには来てないのか…」
「生まれ変わり直前の魂かい?」
「ああ…じゃあな!俺は行くぜ!お前もボーっとしてないで、転生する魂を連れて来いよ!最後の一人だろ?」

背を向けたサイザを、僕は呼び止めた。

「サイザ!」
「あん?」
「君は…予言どおり1000人の夢を狩って仕事が終わったなら…何を選ぶんだい?」

振り向いたサイザは、疲れたように肩を落とした。
一瞬呆れたような目をする。そして伏せた。

「…消滅さ」

苦しいように、息を吐き出すサイザ。

「願いが叶うなら、俺は消滅を選ぶね。
どうしようもないだろ。あっちの世界は狂ってる。
あっちで死んでこっちに来た人間だったら、やっぱりおかしいんだ。
どこ行っても同じさ。なら、消えた方が…」

空を見上げる。
風が吹き荒れ、くもの流れが速い。
蒼い空が、ただそこにあった。

「…そっか」
「あー! ガラにもなくしんみりしちまったな!お前が妙なこと聞くからだぞ!」
「うん…ごめん」
「俺、もう行くけど、もう邪魔すんじゃねえぞ!」

いたずらっぽく笑って言うと、サイザは風のように消えた。

サイザは、僕が嘘をついたことに気がついていた。
それについて、彼は僕を責めない。
それは、僕の意図を知っているからだろう。

僕らはもう999人目までの夢を狩っている。
あと一人で、僕らの願いは…叶う。
どこかに感じていた、彼の苛烈さの中に隠れた、儚さ。
きっと、ずっと前から、彼が消滅を望むことを知っていた、僕。

彼にはもう、この先どうしたいのかがある。
叶いかけている願いがある。
じゃあ、僕は…?

僕も、あっちへ行くのは嫌だ。(また中絶されたら夢狩りに逆戻りだし)
けれど、こっちの生活はうんざりしている。
僕はいったい、何をしたいんだろう。

…いっそ、禁忌を破ってしまおうか。
まだ死ぬ筈ではない人間の夢を狩れば、死ぬこともなく、ただの幽鬼になる。

…だけど…

死ぬこともない、と言うことは、こんな苦しみを抱えながら永遠に生き続けなければならない、と言うことだ。
ある意味、地獄だ。



そこまで考えた時、ふと、視線を感じた。
死の気配がする。
…さっきの少女だった。

「…も、戻ってきたの…」

多少どもりながら、彼女が続ける。

「あ、あのね、あなた…狩夢でしょ? わ、わたしの兄さんが、あなたの獲物だったの。に、20人目だったと思うわ…。
兄さんは、わたしの目の前で幸せそうにあっちへ行ったの。お、覚えてないわよね?
あの、わたし、あれからずいぶん経ったし、そ、そろそろ死ぬ時期なの。
だからね、わたし、あなたに連れて行ってほしいの…」

覚えていない…というわけではなかった。
ただ、あまりにもおぼろげな記憶だった。

「…でも、僕は…」
「わかってる。迷ってるのよね? わたしで最後になるから、これからどうするのか。
でもね、知ってる? あなた以外の夢狩りたちは、それは手荒なのよ。私をさっき追ってきた人だって…」
「サイザ?」
「そ、そう、サイザ…。追い回して、怖がらせているみたいな…」

…わかってはいたけれど、誤解されやすいサイザの性質に、少し笑ってしまう。
「あれはね、楽しんでいるわけじゃないんだ。
追い回して、親しい人、家族から引き離す。
最期の一瞬を、残された人間たちに見せないようにしてるんだ。彼の不器用な優しさだよ。」

僕の言葉に、少し考えている風だった彼女が、続けた。

「でも、わたしは側にいてほしかったし、あなたはそうしてくれたよ。
最期の一瞬、消えてしまう方も、誰かに側にいてほしいものじゃないのかな。
忘れてない? わたしたちは、こっちの世界では『生きている』のよ?あっちの世界の付属品の『死』ではないのよ?」

さっきのようにどもることもなく、よどみなく少女は話す。

「どこの世界にいても、やっぱり死は恐ろしいものよ。
だったらやっぱり、最期はせめて、誰かに側にいてほしい…」

遠くの方で、何かが破裂する…夢を狩る音が聞こえた。

「君は、誰に側にいてほしいんだい?」

風が、僕の不安な心に波を立てる。
ザワザワと、不快な感じが押し寄せてきた。



「…あなたに、最期を見届けてほしい…」




ザアッ、と言う音と共に、突如としてサイザが現れた。
手には真っ白な、光る球体…魂を連れていた。

「最後の魂だ」

サイザが、生命の樹に向かって言う。
樹は、静かに光り、サイザに応えた。

「さっき、こっちからも夢狩りの音が聞こえた。あれは狩夢のか?」

「そうです。わたしは彼の願いをすでに叶えました」

光と同じような静かな調子で、深い女の声が言った。

「あの女の子の魂か?」

「彼女がそれを望みました」

そうか、と言って、サイザは少し笑った。

「では、あなたの願いをかなえましょう、サイザ。
あなたはどれを選ぶのですか?」

それには応えず、サイザは魂を高く掲げる。
白い球体は、生命の樹に吸い込まれていった。

「わかってる…わかってるさ…狩夢」

何かうつむいて二言、三言呟くと、サイザは顔を上げて言った。

「…狩夢と同じに」

風はただ、木の葉たちを騒がせていた。



光と闇の勢力が支配する中で、この土地を陽と陰でたとえるなら、もしかするとここは陰の土地かもしれない。
「生命の樹」の周りの魂を産む花は、ただただ自然に従って生きている。
生命の樹もまた同様、すぐ死んで舞い戻ってくる魂さえ、受け入れて地球へと届ける。
哀しい命だけを、このLost Angelsに連れてきて。

名前も知らないあの少女は、彼女の兄を連れて行った僕に、この世界を託した。
いつか戻ってくる時(きっと忘れているけれど)この世界の人たちがみんな、優しくなっているように。

僕は、このLost Angelsに生きることを決めた。

その昔、セントの天使とカオスの悪魔が教会で出合ったという言い伝えの日のから、双方の拒絶の激しさは増すばかりだ。

夢狩りが手荒なのは、どちらにも属さない夢狩りとしての嫉妬や、彼らの排他的な態度にうんざりしているからだ。
ならば、僕は新しい勢力を作ろう。
この世界の平和を、優しさを取り戻そう。


それが、彼女の願いだったから。



「ったく、モノズキなやつだぜ」
いつものように、サイザが僕のそばで悪態をついて、笑った。





Dream Taker End
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いらない後書き。
同人誌のために書いた小説でした。
なんだかやけに終わりが前向きです。自分としても信じられません。
自分、暗い感じの小説しか書いてませんから…(落ち込み)
これもまた、せっつかれながら書いた思い出が。
男の子二人と言う新たなジャンルに飛び込んでみたのでした。





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