盲目の刻
「なあパンドラ、憶えているか、あの頃の事?」
沈黙を破るように、カズラが炎に向かって呟いた。
声をかけられた私は、同じく見ていた炎から目を逸らし、彼のほうを向いた。
彼は相変わらず炎を見つめている……盲目のその瞳で。
「あの頃って……いつの話よ?」
私は少しイラつきながら炎に目を戻した。
周りは闇だ。
木に囲まれてはいるが、奴らにこの明かりを見られたら事だ。
「奴らが来たあたりの頃さ。まだ俺には光が見えていて、君には笑顔があった頃」
「忘れたわよ。そんな何百年も前のこと」
少し、体の向きを変える。
それだけでさっき受けた傷が悲鳴を上げた。
しかし、それを悟られてはいけない。
精神を集中させるために、じっと火を見つめる。
―――憶えていないわけがない―――
炎の中で、自分の心が囁いた。
奴らが宇宙からやってきたのは、もう何百年も前のことになる。
まだ私たちは、普通の人間であった。
カズラは農夫の息子で、私は領主の娘だった。
身分は違えど、その頃となっては身分の自由も保障されていて、私たちは幼馴染として育ち、ふとした弾みで恋人同士になっていた。
私には、領主の娘として、シャーマンの仕事もあった。
代々伝わる女にしか使えない魔術。
ありとあらゆる呪術を教え込まれ、人々にその力を分け与えていた。
そして、長い年月をかけて伝わる総てを習得した私の前に……奴らが現れた。
知能を持たない奴らを、ただ滅ぼせればいいと思った。
私は彼らに力の限りの呪いをかけた。
滅びの呪い。
それを受け入れば、一瞬で奴らは消え失せる……はずだった。
しかし奴らは、私の呪いを跳ね返した。
そして、その呪いは……
「変化した呪いは、君をかばった俺にふりかかった」
そうだ。
そしてカズラは光を失い、不老不死の体になってしまった。
「あの呪いは君には解くことが出来なかった。だから―――」
「自分に呪いをかけて、私は私が老いないようにした。償うために」
声が震えないように全身に力を入れる。
「だけど、私には不死の呪いは使えなかった……そんな術知らなかったのよ……」
「知ってるよ。だから恨んでやしない。ただ……怖いんだ。君が側から消えてしまうことが」
「………」
「ただ、独りになってしまうことが、怖いんだ……」
知ってる。
だからこうやって、私はカズラの側にいるじゃない。
「……だったら、私となら死んでもいいと思う?」
少し笑って、カズラはそれに応えた。
「……思うよ。君がいなくなるくらいなら。それに僕らは、永く生き過ぎた……」
「―――カズラ……あのね、私……」
言いかけた瞬間、ビュッと風を切る音が聞こえた。
「奴らだ!!」
カズラの言葉の瞬間、私は腕をもぎ取られた。
退散の呪を唱えると、彼らはすぐに姿を消した。
――奴らは私たちの恐怖を模写して襲ってくる。
私の今の恐怖は……このことだけだった。
「パンドラ! 大丈夫かい?」
見えない目で、私を探すカズラ。
私のえぐられた腹の傷からの血が、さっきからずっと止まらないでいる。
片腕もなくなってしまった所為で血が足りなくなってきた。
―――大丈夫。
言葉にならない声で、私はカズラに話しかけた。
大丈夫。
私の体を、力を、総て使って、あなたの呪いを解いてあげることが、今なら……出来る。
見える、その呪いの綻びが。
今なら。
今なら―――
パアン……という音が聞こえると、またあのくらい静寂に戻った。
「カ……ズラ……」
その声と共に、私の意識は閉じていく。
カズラの肩のあたたかさだけを、最期に感じて。
きっと、あなたは朝になれば、私の骸を見つける。
光が見えるようになれば、不死の呪いが解けたこともわかる。
その後、あなたが私の後を追っても、生きて幸せを掴もうとしても構わない。
ただ―――
「パンドラ?」
カズラは肩に乗せたままの彼女の顔を覗き込んだ。
安らかに眠るパンドラの顔は、夢にまで見たあの愛しい――――
哀しくも美しい、笑顔であった。
盲目の刻 fin
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カズラという名前は、私が「ウズラ食べたいなー」と思ってつけた名前でした。
ウズラじゃあんまりなので、「じゃ、カズラで」とお気軽に決まりました(酷)。
Infinityと同じ名前の部誌ですが、号数を分けられたのです。
出たのはこちらの方が先だった気がします。
同じ号なら、なんとなく統一感で違和感を誤魔化せたのに…(笑)
しまった!「奴ら」ってなんかフェストゥムっぽい!!!(またファフナーネタかよ)
どんな予知能力してるんだ自分!