希望の生まれ来る場所







白い雪の季節。
ある礼拝堂に、一人、祈りを捧げる人影があった。
しん、と静まりかえった聖堂に、突如、甘く軽やかな声が響いた。

「何をそんなに熱心にお祈りになっているのですか?」

その声に反応して、その人影は立ち上がり、振り向いた。
黒い服に黒い靴、それに合わせたような黒い髪、そして、瞳。
黒ずくめ、と言う言葉が似合った姿をしたその女は、低く響く声で応えた。

「誰だ」
「この礼拝堂の神にお仕えするものです」

その女とは対照的に、白の服、白のベールを被り、生まれつきだろうか白い髪、銀の瞳の女が立っていた。
手には百合の花が握られている。

「聖なる花…リリーか。お前、聖なる者……セントだな?」

表情を変えず、穏やかな調子で、黒の女は言った。

「貴方は、悪魔……いえ、混沌を好む者、カオスの方ですね」
「言い換えないでいい。我は悪魔だ」

白の女の言葉に、黒の女はとりつく島もなく応える。
白の女は、特にそれを気にするわけでもなく笑う。

「そんなこと……どうでもいいではないですか。
それで、何を祈っていらしたんです?」

悪魔はその時、初めて表情を崩した。
眉をひそめて、困ったように言う。

「それは……答えねばならぬのか、天使?」
「ええ、是非」

悪魔は溜息をつくと、ステンドグラスを見上げた。
菱形が四つ並んだような、奇妙な十字架が描かれている。
雲が切れたのか、陽射しが射し込み、二人を照らした。
しばしの沈黙の後、悪魔が言葉を紡ぐ。

「我の、生きる業というもの……そして我自身が、消えてしまうように祈っていた」

「……それは、死んでしまいたい、と言うことですか?」

子供のように尋ねる天使に、悪魔は背けていた顔を向けた。

「そうだ」
「何故?」

「生きることは、辛く、意味の無いようにに思うからだ。
我ら闇の血に生まれた者は、悪魔と呼ばれ、人々や生きるものたちに忌み嫌われている。
それなのに、奴らの哀しみ、苦しみ、痛みが、体に流れ込んでくる。
奴らの苦しみを、我らが背負わねばならぬ生の業……。
それが我には、辛い」

「逃げたい、と?」
「……いけないか」

無表情のまま、悪魔が聞き返す。

「いいえ……いいえ。いけないとは言いません。ただ……」
「ただ、なんだ?」

「それでは貴方が報われません。
彼らの苦しみを和らげるためのその業。
何故皆知らずにいるのです。
このまま死んでしまっては、貴方がかわいそうです」

天使の顔が泣きそうに歪む。
悪魔は少し息をついて言葉をつないだ。

「おかしな奴だな。
我らのように苦しみが流れ込むでもないのに、他人のために泣くとは。
……お前、他のセントとは違うな。
この礼拝堂の神に仕える、などと、ここだけに仕えているような物言いはするし……
大体、悪魔が礼拝堂で祈りを捧げているのに、なんとも思わないのか?」

その言葉に、天使は少し悲しい笑顔で答えた。

「この礼拝堂の神は、来るもの拒まずなんです。
だから、私も祈りを捧げることができるし、
貴方がここにいても、何もおかしくはない。
そんな神がいる礼拝堂だから、私はここにお仕えしているのです」

「お前は……何を哀しんでいる?」
「……え?」
「お前の哀しみが……痛みが……もどかしさが、我の体に流れ込んでくる……。
何がそんなに哀しいのだ?」

悪魔の言葉に、天使はその瞳を見開いた。
……そして、静かに瞼を閉じ、一粒、涙を零す。

「私は、天使の落ちこぼれなんです。
私がいくら強く願っても、叶えられない願いはいくつもあって……
私は、人を救うことが出来ないのです。
その力が、無いのです」

泣きじゃくりながら、天使は続けた。

「いつもいつも、私……役立たずで……哀しいのです……」
「……そうか」

黒の瞳を伏せ、溜息をついた後、彼女は初めて笑顔を見せた。

「この礼拝堂の空気……どこか懐かしくて入ってきてしまったが……
失敗ではなかったようだな。
お前がここを好む理由、わかる気がする……
お前にも会えたことだしな」

「……え?」

「我は哀しいのは嫌いだ。
だが、お前の我を想う哀しみは、優しさで満ちている……。
とても心地が良い。
……お前に会えてよかった。我も吹っ切れたようだ」

その言葉に、天使の顔がみるみる明るくなっていく。

「では……では、お役に立てたと?」
「ああ、とても」
「そう……そうですか……良かった……」

天使はまた涙を流した。

「貴方は優しい悪魔です。
たとえ細胞の一つ一つに哀しみが染み付いてしまったとしても、
優しさ故、許すことも出来ましょう……きっと、貴方なら」

「……お前の、その哀しみ、痛みを、我はまだ癒すことが出来ぬ……。
分かち合うことができるようになる日が来ることを願っている。
そして、お前も我も……強くあるように……」




誰もいなくなったその礼拝堂に、聞こえぬ筈の声が響いた。




行くがいい、思い信ずる道を。
そこからまた、希望が生まれる。




要らない後書き。
某同人誌一番最初に提出した作品。
……とはいえ、書いたのは中学時代。なので、大変……アレです……。

厨二病全開とか言わない!





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