月明かりの降る夜に
月明かりに照らされる室内を気だるげに見渡すと、耳元で亜麻色の長く伸ばした髪がさらりと音を立てた。
視線の先の艶やかな白い項に、静かに滑り落ちる、光。
黒い髪の分け目からのぞく、その珠のような白い項。
俯いていた栗色の瞳が、睨むように彼を見上げた。
そこに宿る虚ろな光に、僅かに総士の心臓が痛む。
それを知ってか知らずか、彼は、普段は重いその口を開いた。
「お前に…やるよ、これ、全部」
全部、と、白い肌を指して言うのは、この「賢者屋」で陰間をしている少年、一騎。
元々商人の家の子供である一騎は、その家の経営がうまく行かなかったことから、この茶屋に売りに出された。
今ではそれなりに売れっ子の陰間だ。
その一騎は、一日の終わりを必ずこの部屋で過ごす。
これは、他の色子たちには秘密にしていることであったが。
一騎とは幼馴染に当たる皆城総士は、この陰間茶屋「賢者屋」の跡取り息子だ。
商才を認められた総士は、若くしてこの茶屋の若旦那として働いている。
―――だが、現在一騎の目の前にいる彼は、陰間茶屋「賢者屋」若旦那ではなく、幼馴染である皆城総士であった。
厳しい目をして、総士は、一騎に至極真っ当な……しかし、その場凌ぎの滑稽でしかない言葉を吐いた。
「自分の身体を物扱いするな」
その言葉に、一騎は軽く嗤う。
「物だろ。体売って、金にしてるんだから」
やけにあっさりという一騎に、知れず総士の目がきつくなっていく。
「一騎、僕はお前に、陰間になって欲しくなかった」
肘掛にもたれかかりながら、その様子を苦々しげに眺めていた彼は、思わず目を伏せながらそう吐き出した。
一騎は一瞬その様子に怯えたように肩を竦めたが、すぐに力なく笑った。
それは、ここに来てから毎夜言われる、彼の言葉。
だが、一騎を陰間として仕込んだのも、水揚げをしたのも彼だ。
その言葉には、ある種の儀式めいた感慨しか起きない。
「俺だってなりたくなかった。でも、仕方ないだろ。売られたんだから」
だから、と、一騎は身にまとう豪奢な衣を滑らせる。
「お前が、俺のこと管理するんだろ。俺の身体はお前の物だ。…それに、その傷の償いの意味もあって、俺はここに売られたんだし」
言って、一騎は右手をおもむろに上げ、総士の左瞼に触れた。
一騎の家の店が、経営不振になった、その理由。
そもそも、一騎の家は器を売る、「真壁屋」という店だった。
小さな店だが、置いている物は質もよく、得意先には近くの茶屋が多かった。
中でも、一番の得意先が、この「賢者屋」。
だが、一騎が、幼馴染の総士と喧嘩をしてふとした弾みに突き飛ばし、誤って総士の目に傷を負わせてしまった。
総士の父親がそれを知り、以来賢者屋が真壁屋の器を利用することを止めてしまった。
それ以来徐々に真壁屋は経営が傾き、最終的にここに頼らざるを得ない状況になっていた。
しかし、一騎と総士の関係は形を変えながらも続いていた。
はじめは一騎の総士への従属。
やがて、互いの想い人に。
「今だけは、売る相手を選ばせてくれ、旦那様」
「……その呼び方はやめろ」
苦々しく言う総士に、くっと笑い声を堪えて、一騎は触れた瞼に口付ける。
「俺、それでもここに売られて良かった……お前の傍にいられるし」
「……名を呼べ、一騎」
子供がだだをこねるような口ぶりに、ひそやかに笑いながら、一騎はその要求に応えた。
「わかった―――総士」
くちくちと、水に濡れたような淫らな音だけが響いていた。
薄暗がりの中、息をするのも惜しいように一騎はその唇で総士のそれを塞ぐ。
ぬめりは月の光に照らされててらてらと光り、それに煽られるように一騎は口付けを深くする。
胡坐をかいた総士に跨り、唇を貪る姿は一見すると獣のようだ。
その格好に羞恥を抱いたのは、もう記憶の彼方と思えるほど遠い。
―――それでも。
「ん……っあ、総士……」
腰を滑る総士の手が意思を持って動き出すと、一騎のその手馴れた風情の行為に終止符を打たせる。
円みを柔らかく揉みしだかれると、慣れているはずの一騎はしかし、甘い声をあげ始める。
「はぁ……あ、ん…」
「僕だけに見せる顔をしろ、一騎……」
「や……っあ!」
襦袢の隙間から手を入れられて、文字通り弱みを握られた一騎は、その突然の刺激に思わず声をあげた。
何度この行為を繰り返しても、何度他の誰かに抱かれようとも、総士の手の熱さだけは慣れない。
なぞるような動きを見せるその手に、一騎はたまらないといったふうに眉を寄せる。
足に力が入らなくなり、許しもないのに総士の膝の上に座り込んでしまう。
「どうした、いつもより感じやすいんじゃないか?」
「ん……なこと……」
「そんなに今日は疲れたのか? 今日の客は誰だったか……」
くつり、と笑い、目の前で艶めかしく乱れている襦袢の袷から、硬く凝り固まっている赤い粒に唇で触れた。
「んや……ッ」
過剰に反応してしまう一騎に、総士は戒めるように更に強くそれを舐めた。
意地悪く追求する総士の言葉が、針のように肌を貫き、悲しさと快楽を深めていく。
くにくにとしつこく弄られて、一騎のそれは紅みを増した。
「……そう、し」
喘ぐ一騎に構わず、総士は白い肌に印を刻んでいく。
血の紅。
紅い印は、血の契約。
決して、誰にも侵させはしない。
肌をきつく吸い上げ、いくつかその刻印を残すと、満足げに総士は一騎の瞳を見上げる。
「まあいい。お前は最後には僕のところに戻ってくる……そうだろ?」
ふ、と息を吐き、一騎は目を細める。
そして、言葉を肯定するために、僅かに頷いた。
「ん……俺は、お前のものだよ。お前のいるところにしかいない」
止まった手と唇の動きに息をつきながら、一騎は薄く笑う。
「お前のいないところでは俺は俺じゃないから。……お前がいて初めて俺でいられる」
淡い色合いの総士の瞳を見つめながら、一騎は総士の左瞼に手をやる。
口付けを降らせながら、たどり着いたのは左の見えない眼球。
それにそっと舌を伸ばすと、総士がビクリ、と反応する。
「一騎…!」
「続き、しないのか?」
挑発するように首筋に口付けて、袂に額を擦り付ける。
黒い鋼の色の髪が、ちりちりと総士の肌を刺激する。
「馬鹿なことを言うな。こんなふうに煽る奴を放っては置けない」
耳元にそう言葉を注ぐと、総士は肘掛の下から薬包みを取り出す。
「……それ、使うのか?」
「厭なのか?」
「だってそれ……不味いし」
総士が取り出したのは通和散――唾液で溶かす潤滑剤である。
仕事の時は我慢して使っている一騎だが、総士との行為にまでそれを使うのは厭だった。
味に慣れない、ということもあるが、それ以前に……仕事と同じ手順で事に及ぶのは、なんとなく気が引けた。
しかし、総士は問題ない、といった風情で笑う。
「味なんてすぐにわからなくなる……口をあけろ、一騎」
低い声で命ぜられれば、一騎には逆らう術はない。
おとなしく、その指示に従い口を開く。
粉末状のそれを口に含み、いつものように唾液で溶かす。
その過程で、ふと、違和感を感じた。
驚きに僅かに飲み込んでしまい、それがまた一騎を追い詰める。
口の中が熱い。
飲み込んでしまった喉が熱い。
むず痒いような感覚に襲われ、必要以上の唾液が溢れ出てきた。
「ん……んん…」
涙目になりながら総士を睨むと、総士は飄々とした顔で一騎の唇をなぞる。
それだけでゾクゾクとした感覚の波に襲われてしまう。
「特別に媚薬を入れさせた。味なんてわかる前に訳がわからなくなっただろ?」
唇をなぞる指を、促すようにその間に食い込ませる。
たまらなくなった一騎はその指に誘われるまま口を開いた。
「即効性らしいからな。よく効くだろう」
「……う、あァ…」
こぼれていく唾液まみれの通和散を指に絡め、総士はその指で一騎の舌をなぞる。
舐めろ、とでも言うように口腔内の粘膜を弄ぶと、一騎は夢中でその指に縋った。
「んく…んあ、そう、し…」
口の中の唾液はとめどなく口から流れ続ける。
ピチャピチャと音を立てながら指を舐める姿は凄絶であった。
「もういい、一騎」
執拗に指を舐める一騎から指を引き離すと、一騎は不満そうに涙で潤んだ瞳を向けてきた。
「…ッあ、馬鹿…総士…口、が」
「これならいいだろ」
媚薬の所為で口腔内が疼く一騎に、総士は自らの唇を与える。
「ん…あっ、ふ……」
舌で粘膜を擦ってやっても、一騎は貪欲に求め、その舌を貪る。
更に深い角度で口付けるために、総士は一騎の身体を畳に押し倒した。
同時に膝を割り足を開かせ、その奥まった蕾へと濡れた指を滑らせる。
「ひぁ…っ!……っんく、総士…」
「力を抜け」
つぷ、と音を立てて、総士の指が一騎の中へと侵入する。
どうしようもない違和感に、思わず眉を寄せる。
「あ…う、あ…」
「どうした、まだ入れただけだぞ」
「ん……だ…って…っあ!」
ふとした拍子に、総士は一騎の左足を担ぎ上げ、指を増やす。
反応している部分を間近で見られる格好になって、一騎は羞恥に顔を隠した。
それに少し笑うと、総士は指を蠢かせる。
ぐっ、と刺激したところは、一騎が一番逃げ腰になる部分。
「あ、や……く、は――っ、そこ駄目っ!」
「一騎、顔をみせろ」
「やだ!恥ずかしい!」
「今更だろ……それとも、客には見せて俺には見せないつもりか」
「んな…っああ!」
反論を待たずに、総士は目の前にある一騎の欲望をずるりと舐めた。
裏筋をなぞるようなその動きに、一騎は敏感に反応する。
こりこりと弾力のある部分を掻き回せば、一騎の口からはもはや意味のない言葉しか聞き取れなくなってきた。
「……っは、総士ィ……」
「まだ、いけるだろ?」
ぐちゅぐちゅと後ろを卑猥な音を立てさせながら、同時に総士は一騎の先端をきつく吸い上げた。
「あ、あ、や……あああああっ!」
決定的な刺激に抗うことも出来ず、欲望は音を立てて開放された。
その白濁は一騎の胸に広がり、じわり、と一騎の身体に広がっていく。
「早いな。媚薬が効きすぎたか?」
「かも……な……―――総士」
「ん?」
にやり、と笑う顔は、見る人が見れば思わず見蕩れてしまうほどであったが、一騎にはそれが人の悪い笑みにしか見えない。
それでも、その視線に耐えながら、はだけられた総士の着物の襟元を掴む。
視線を合わせることは出来ない。
襟元を掴んだ自分の手を見ながら、一騎は口を尖らせる。
「まだ……足り、ない」
「どうして欲しいんだ」
言って、素直にしてくれるとは思っていなかったが、あまりにも意地が悪い。
客になら顔を簡単に作ってするりと言える言葉が、総士を相手にするとまるで出てこなくなる。
悔しい、と思いながら、一騎は握る手に僅かに力を込める。
「……挿れ…て、欲しい…」
「何を?どこに?」
「……っ、馬鹿総士!!」
頭にカッと血が上り、一騎は思わず起き上がって掴みかかる。
それを笑って抱きとめると、総士はくつくつと笑いながら、一騎の唇をなぞった。
「積極的だな」
「総士!」
「冗談だ……それにしても、いい格好だな」
「なにが……っっぁあ!」
くい、と腰を抱き寄せられると、その動きのまま一騎は再び言葉を封じられてしまう。
抵抗する間もなく貫かれた身体は、一騎の言うことなど全く聞こうとしなくなっていた。
「卑怯だ…っ!」
「なんとでも言え」
回すように腰を動かされると、一騎の身体はすぐに快楽に従順になった。
目の前にある総士の頭を抱きかかえると、必死にしがみつく。
総士は目の前にある一騎の耳を、カリ、と咬むと、愛の言葉を注ぎ込んだ。
目覚めると、部屋は光に満ちていた。
「……朝……」
ぼんやりとその光源へと視線をやる。
中庭からの光は、障子を通すと余計に白く見える。
白い光は、一騎が嫌うもののひとつだ。
身じろぎに気付いたのか、隣で眠る総士が、ごそり、と動く。
それにひそやかに笑うと、一騎は総士の髪の毛を一房掬う。
「俺は、お前だけの物になりたいよ……総士……」
その言葉を聞いている者は、そこには誰もいなかった。
了
2006.3.9
すいません土下座します趣味丸出しでしたもう駄目です途中で我に返っちゃいました!!!!(笑)
中途半端ですよ、ええそれが何か?(ヤケ)
普段どんなBL作品読んでるかモロばれですね!ごめんなさいもういっそ生まれてきてすいません!
そして総士へたれ攻めです!一騎は襲い受けです!あははははははは(壊)
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