「宵闇が消えるまで」




 ゆるやかな朝陽が、東に面した障子から射し込んでくる。
 浅く深い眠りから、彼はふと目覚めた。
 淡い陽射しに、知らず、彼の目が細められる。

 睡眠をとったからといって、彼の体の疲労が癒える由もなく。
 けれど、それが常であるから、彼も取り立ててそのことを辛いと思いはしない。
 色素の薄い長い髪がはらはらと落ちていくのを目で追いながら、その身を起こす。
 むき出しの肌に襦袢だけを羽織る。

 ふと、その視界に見慣れた黒の髪を捉える。
 鋼のような黒髪を持つその姿を見て、思わずといった風情で、彼は笑った。
 名を、真壁一騎、という。
 元服も済んでいない彼は、この陰間茶屋、「小人屋」で陰間をしている総士の、恋人、である。

 そもそもの出会いは、総士が所属している歌舞伎の一座に、一騎が迷い込んできたことだった。
 一騎は、武士の家の生まれだと言う。
 実際のところは確かめるべくもないが、一度だけ目にしたことのあるヤクザ者との大立ち回りを見れば、武道の心得のあるものだということは知れた。
 初め、一騎は総士のことを女と勘違いしていたらしい。
 ふとしたことで因縁を買ってしまった総士を、一騎が助けてくれたことが出会いであった。
 詰め寄られても冷静に対処していた総士には、手助けは不要に思えたけれど
 いずれ女形として舞台に立つことが決められている総士としても、その間違いを認識した時の一騎の顔は、笑いに耐えないものであった。

 ふと、見えなくなってしまった左目に手をやる。
 この傷は、その時の大立ち回りの際に、誤って一騎につけられた物だ。
 女だと勘違いしたままだった一騎が、「責任を取る」と言った結果が、最終的に今の関係を作らせた。
 今は、性別など気にすることもなくなってしまったが。


 「一騎」

 思い出したことで笑いそうになる声を殺して、総士は一騎の名を呼ぶ。
 撫でられた髪に身じろぎをすると、眩しそうに一騎は瞳を開いた。

 「総士」

 どうした?と言うような瞳に、ことさら総士は優しげな声をかける。

 「もう朝だ…しばらくすると、食事番が来てしまう」
 「…そうか」

 そうか、と返事をしつつも、一騎は動こうとしない。
 一騎がここに通ってきていることは、この店の者たちには知らせていない。
 そのため、ここに同衾者が金も払わずにいることを見咎められるのを恐れての言だ。
 一騎はそれを重々知っている筈なのに、構わずに総士の長い髪を掴んだ。

 「? どうした?」
 「…総士…」

 まるで寝ぼけてでもいるかのように、体勢は逆転する。
 総士を布団の中に押しやると、一騎はその上に覆い被さってくる。
 総士は抗わない。降ってくる唇が優しくて、その意志を失っていた。
 浅く、それでも情欲を煽るような口付けを施される。

 「ふ…っん、かず、き…」
 「総士」

 切なげに細められた瞳に射られる。
 濡れた漆黒の瞳に見つめられると、総士は胸の奥がジンと熱くなるようだった。

 「お前は、俺のものだよな?」

 確かめるように、一騎は総士と手を重ねる。
 指を絡めとるように、深く、組み合わせて。
 優しさと、僅かに夜のそれを思わせるその動きに、知らず、総士の息が漏れる。
 震えるような声で、総士は一騎の問いに答えた。

 「僕には、お前しか、いない」

 縋るような目になってしまっているのを承知で、一騎を見る。
 それにふと目の端を細めると、一騎は総士の膝を割った。

 「ちょ、一騎…!」
 「まだ宵闇が残ってるだろ…まだ早い」
 「早いって…そ…」
 「いいから、黙れよ」

 強引に肩を押し返すと、一騎は不敵に笑みを零して、口付けを降らせる。
 宵闇を恋しく思いながら、総士は瞳を閉じた。







That's 暗転!!(笑)


一騎様降臨!!いやー黒い子大好き!!
攻め子でも受け子でも黒い子が好きです。
今回は一総だったんですが、本命は総一です。
何で書かなかったかって言うと、これは依頼品だったから。
総一で書いたら18禁行きます(笑)

本に載せるらしいのでこっそりアップしてみました。



2005.12.29


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