永遠にも似た時を越え




 目覚めが近い――浮き上がる意識の中で、ふと、思う。

 たくさんの過ちを犯した。
 愛すべき人たちを、失った。
 後悔は尽きず、幾千もの夢の中でその過ちは繰り返される。

 その総てを知っている彼は――もう、いない。



 最後の闘いを知る家族――カイは、今どうしているだろう。
 姪っ子たちは、大きくなっているだろうか。
 ジュリアさんの子供は、どんな大人になっているのかな。

 みんな、もう私の知っている姿ではないだろう。
 私が眠っている間に、たくさんの変化を遂げているだろう。


 百以上の年を共に過ごしてきた彼だけが、私と同じ時を過ごしてきた。
 目覚めは必ず、彼と共にあったのに。

 総てが終わって、彼と共に新たな時を紡ぐはず――だったのに。

 家族たちの元へ戻ることは楽しみだけれど、同時に、怖い。
 変わってしまった彼らに、馴染むまでにはどれほどの時間がかかるのだろう。


 ああ、目覚めの時が近い。


 ――ふと、彼が奏でるチェロの音が聞こえた気がした。







「――小夜」

 宮城家の墓の中で、彼女の目覚めを待つ姿があった。
 彼は、心音を奏でながら光る繭に視線を向け、それが孵る瞬間を待っている。
 ――目覚めの時は近い。

「小夜、覚えていますか? 貴女の夢は、剣を片手に世界を回ることでした」

 奏でていたチェロを傍らに置き、脈打つ繭に右手を多く。
 ――その手は、三十年前とは違い、かつての人としての形を保っている。

 触れた繭が、ヒク、と動いた気がする。
 暖かさを確かめると、彼はその青い瞳を細めた。

「もう、貴女は闘うべき相手を失くし、自由です。
 目覚めても、貴女が苦しみに縛られることはもうないのです――小夜」

 サク、と音を立て、少女の手で繭が裂かれる。
 艶かしい動きをして、その手は宙を掻き……彼は、その手を握った。

「生きて」

 彼は、三十年前、別れの前に告げた言葉を繰り返す。
 それに反応したように、彼女の手がビクリと動いた。

「貴女の家族の元で過ごしましょうか。それとも、いつかの約束通りに旅に出ますか?」
「……あ……ぁ」

 ズルリ、と現れた少女の裸体。
 おびただしいほど伸びた髪もまた艶めいて。
 ――彼女の瞳が、涙に濡れているように見えるのは、気の所為だろうか。

 彼は、握っていた少女の手を離し、もう片方の自らの手を忍ばせていたナイフで切り裂く。
 少し逡巡した後、あふれ出た紅を口に含み、彼女の頤に手を這わせる。

 言葉すら発することができない、赤子のような状態の少女。
 けれど、心得たように瞼を閉じる。
 まるでそれを、何年も待ちわびていたかのように。

 目覚めの血は接吻。

「小夜……」
「――生、きて、た……」

 彼の肩にしがみつきながら、少女は泣きじゃくるように声をあげた。

「――愛しています、小夜」

 最後の言葉だと思っていた、台詞。
 弾かれたように顔をあげ、少女は彼の顔を覗いた。

「いつか、世界を旅するの……剣を片手に」

 確かめるように、少女は彼の頬に手を這わせた。

「そのときは――ハジも、一緒よ」

 零れ落ちる涙もそのままに、彼女――小夜は笑う。

「ええ、小夜。――貴女が、それを望むなら」

 再び少女が目を閉じた。
 誘われるように顔をよせて、彼は、その唇を優しく吸い上げた。


 固く抱きしめあう恋人たち。
 三十年越しの百年の恋は、今始まったばかり。






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2006.11.5


二次創作のオタサイトブログで上げたやつを手直しして上げてみました、恥ずかしい文章。
もうね。
どこまで少女趣味なんだっつーね。
いいんですけどね。


冒頭の小夜の言葉と、三十年越しの百年の恋って言葉が書きたかっただけです。
もう何も言うまい。