そして、いつか。




この世界は強弱こそあれ、常に光で満ちている。

二人の少年が所在なげに地面に腰を下ろしている。
地球と比べても、明らかに緑豊かな場所だった。木々は木漏れ日を投げかけ、地面を覆う草はやってくる者を優しく受け止め、その間から花々が可憐な顔をのぞかせる。

――――――――楽園。

彼らがそこを表現するには、他の言葉は見当たらなかった。
二人の少年は先ほど『生まれた』ばかりだった。地球での記憶もまだ鮮明に残っていたりもして、どうしていいか分からずにいた。

「・・・なぁ、俺のことわかるよな?」

黒い短髪の負けん気の強そうな顔立ちの少年は、隣にいた少年に尋ねる。訊かれた栗色の髪の少年も、その可愛らしい顔に戸惑いを浮かべて頷く。

「あぁ、・・・ヒロムだよな?」
「お前はルオンだよな?」

互いの名前を確認しあうと、どちらともなく息をついた。
彼らは共に14歳。友人同士であり、ちょっとした冒険旅行に出かけた際に事故で『死亡』。ほぼ同時に『生まれた』。
もちろん二人に事故のことまで彼らの記憶には無い。
だが、自分たちの置かれている状況は理解していたから、この後どうするか決められず、ぼんやりと景色を眺めるしかなかった。

「とりあえず、散歩でもしてみるか?」

前向きな提案をしてみる。気のない返事が聞こえた。

「・・・そうだな。」
「?・・・ルオン、大丈夫か?」
あまりにぼんやりしている友人に気付き、ヒロムは聞いてみた。
「・・・僕、死んだんだよな?」
多少残酷かとも思いつつ、他に人がいないので友人に確認するルオン。ヒロムは微妙な表情で頷いた。
「そうだよな。・・・ごめん。」
「いいけど。何か思い残すことでもあったのか?」
奇妙な会話だ、とヒロムは思う。まだ実感がないせいだろうか。
そんな彼に気付かずに、ルオンは呟く。

「・・・姉さんを置いて来た。」

唐突にヒロムは理解した。
ルオンには双子の姉がいた。名前はジュリアといい、性別が違うにもかかわらず本当によく似た姉弟だった。仲も良くて、本当にずっと一緒にいる気がすると彼はよく言っていた。

「・・・ルオン。」
「ごめん、ヒロム。何でもないよ。僕たちは『生まれた』んだ。今日からはヒロムが僕の兄だ。」

そう言って彼は、どこか儚げな感じのする哀しい笑顔を浮かべた。ヒロムはその顔からスッと目をそらす。

「行こう。新しい世界もいろいろ見てみようぜ。」

どれだけの時間が過ぎたのだろう。いつしか二人は、lost angelsにすっかり馴染んでしまった。
「おい、ルオン。これ食わねぇ?」
ヒロムが、表面がエメラルド色に輝く掌くらいの大きさの果実を差し出した。
別に食べる必要もないのに食事をしてしまうのは、地球での名残だろうか。
ルオンは礼を言って受け取る。

「お前はあちこちよく行くなあ。いつもお土産持ってこなくたっていいのに。」
「お前こそほとんど動かずにボーッとしやがって。まったく、よくじっとしていられるなぁ。いろいろ見て回るのも楽しいぜ。景色キレイだし。」

果実を食べながら、お前も行こうぜと目で誘われる。
ルオンはゆっくりと首を横に振った。

「僕は人と会ってくるよ。」
「・・・またか?」
「うん、また。」

ルオンは時々、セントの者たちの集会やら生活の様子をのぞいてくる。
一神教の信者のような厳格な規律を守る誇り高い彼らは、その反面、排他的で傲慢な性格をしていた。
侮蔑の言葉をかけられても、ルオンが時たま彼らを見にいってしまうのは、信心深かった家族を思い出すからかもしれない。
光の者同士で会話するときの表情は、意外に優しかったりして。
二人はどちらにも属さない人々のもとにいたけれど、誰も何も言わない。
だから彼は気が向けば観察に出かけるのだった。

「まぁ、いいけど。んじゃ、俺行くから。ちゃんと食えよ。」
ルオンの頭を軽く小突いて、ヒロムは去っていった。
自分だけがいつまでも地球でのことに執着しているようで、少し気が引ける。
ここに来るのがあまりに突然だったから。それだけなのに。
息をついたルオンは、誰かの気配に顔を上げた。

(またあの女だ・・・。)

透けるような白い肌と腰までの豊かな黒い髪。その対比の間に収まる、無機質な灰色の目。
人を寄せ付けない空気をまとう彼女は、彼を一瞥し、辺りを見渡してから去った。
このところよく現れる。そのくせ話しかけるでもなく、辺りを窺って過ぎ去っていくのだ。正直、不愉快である。

「気分悪ぃ。」

ルオンは呟いて立ち上がった。そして女が去ったのとは反対の方向へ歩き出した。


それは突然だった。
いつものようにただ眺めていただけのルオンの目の前で、それは起こった。
光の者たちが輪になって談笑していたところへ、あの女がやって来たのだ。
驚き戸惑う人を完全に無視して、女は人々の輪から飛び出した一人の男だけを見つめていた。
男はルオンの隠れている方へ逃げてきたが、背後にはあの女が静かに迫っていた。
振りかざした手には、滄(あお)く透きとおった細長い鎌。
斜めに切り裂く。

「―――――――ッ!!」

男の体は、景色に溶けるように消え、白い球体が女の手元を漂っていた。
声を上げられずに腰を抜かしたルオンに、女が視線を移す。
冷たい灰色の目。

(これが、夢狩りってヤツか・・・・・・。)

「お前。」
女が鎌を持った手でルオンを指差した。
ドキッとする。
「お前の周りは死の気配がする。だが、お前のじゃない。」
「え?」
生まれ変わる直前の奴がお前の周りにいるんだ。・・・伝えておけ。今度こそ狩って、送り返させてもらうと。」
言うだけ言うと、さっさと踵を返して行ってしまう。
彼女が帰る際、光の者たちが悪口雑言を投げつけた。
混乱した頭のまま、ルオンはその場を離れた。


(生まれ変わる直前の奴がお前の周りに・・・・・・)
(今度こそ狩って・・・・)

ルオンは元いた場所に戻ると、そこにうずくまった。

自分の周りにいる奴なんて、たった一人しかいないのに。

「嘘だ・・・っ。」

ここでは死期が近づくと、自分と夢狩りにだけは分かるのだという。
まだここに来て日も浅いのに。ずっと一緒にいたのに。
ヒロムだけが戻されようとしている。
あの地球へ。
・・・思い返せば、あの女が来るのはいつも、ヒロムがいなくなった後だった。
今更気付いたところで、何の救いにもなりはしないけど。
きっと自分が落ち込んでいる間に、彼はずっと逃げ回っていたのだ。夢狩りに狩られまいとして。そしてお土産を片手に戻って来ては、ルオンに笑いかけてまた逃げていく。

――――――多分、自分が彼にそうさせていた。

(無事に帰ってきてくれ。)
ルオンは祈った。どうして黙っていたのだろう。心の準備も何もできるはずが無い。お願いだ、帰ってきてくれ。伝えたいことがある。また誰かと引き裂かれるなんて・・・。

「ルオン?」

訝しげに彼を呼ぶ声は、相変わらず優しい。
きっと情けない顔をしているんだろうと思いながらも顔を上げる。
また何か抱えてきていたヒロムは、予想通り、彼の顔を見て表情を変えた。

「おい、どうした?何かされたのか?・・・ジュリアさんのことでも思い出してたのか?」

何かされたって何だよ。
場違いなことを思って、ルオンは薄く笑う。
ますます不審がって、ヒロムは彼の前に腰を下ろした。

「一体、どうしたんだよ?」

言いたいことは色々あるのに、のどに引っかかって出てこない。
ヒロムが本当に心配そうに見ている。その顔に促されるように声を押し出す。辛うじて笑顔は浮かべたままで。

「ごめん。僕・・・弱くて。」
「は?何言ってんだよ。まだ始まったばっかじゃん。お前は頑張ってるよ。気にすんな。」
「じゃあ、僕が弱くないなら、・・・それならどうして黙ってたんだ?」
「何のことだよ?」
「・・・・・・わかってるんだよ。お前、・・・行くんだろ?」

すっとヒロムの表情が消えた。

「ここに来てから、お前に甘えてばっかで。せっかく慣れさせようとしてくれてたのに、応えてやれなくて。友達なのに、いつの間にか対等じゃなくなってた。ごめん、本当にごめん。」
「違う。そんなことない。」
「弱くて、ごめん。言いたいことも言わなきゃいけないことも、言わせないような友達でごめん。本当に・・・。」
「やめろよっ!」

ヒロムは怒鳴りつけた。ルオンは口を閉じ、目を伏せた。

「そんな言葉(こと)聞きたくねぇよ。俺はただ・・・・。」

声のトーンを落として彼は続けた。

「お前にジュリアさんがいたように、俺にも妹がいた。双子のお前らみたいに特別仲がいいとかじゃなかったけど、顔を合わせるたびにケンカしてたの、ここに来てから後悔したんだ。たった一人の妹なのに、何で優しくしてやらなかったんだろうって。・・・お前言ったよな?俺たちは兄弟だって。だから俺は今度こそ大事にしようって思ったんだ。たった一人の兄弟に優しくしようって。自己満足だって思うかもしれないけど、せめて俺が俺であるうちは。」

ルオンはうつむいた。

「頼りなくてごめん。俺のほうこそ、一緒にいてやれなかった。」
「違う!ヒロムは確かに僕を支えてくれたし、すごく心強かった。だから・・・。」

重要なことを言ってくれなかったのが悲しかった。いつの間にか相手に寄りかかっていた自分が嫌いだ。けれど、二人が助け合っていた、一緒に過ごした事実は消えないから。
ルオンは右手を差し出した。

「大丈夫だよ。お前が僕を忘れても、ヒロムが一緒にいたことを忘れないから。」

痛ましげな色を宿すダークブラウンの瞳を見つめる。精一杯の笑顔で。・・・きっと、目をそらしたら泣いてしまうと思った。

「ありがとう、ヒロム。」
「ルオン・・・。」

ヒロムは少しためらったものの、差し出された手をしっかりと握り返した。

「・・・こっちこそ、サンキュ。」
「話は済んだか?」

タイミングを見計らったかのように、あの黒髪の女性が物音を立てずに現れた。ヒロムが皮肉気に言う。

「ずいぶんと待たせたな、アンタにも。」
「よくあることだ。仕事さえできれば構わない。」

さらりと答え、彼女はヒロムから離れるよう、ルオンに言った。

「じゃあな、ルオン。」
「・・・あぁ。」

顔を歪めまいと、必死でその後姿を凝視する。最後の姿を。
彼は振り返って叫んだ。

「またな、ルオンっ!」
「ヒロッ・・・」

ルオンが答えるより早く、滄色の鎌が振り下ろされる。
頬を伝ったのは。胸に熱く焼きついたのは。
別離の悲しみ。


「私のことを憎いと思うか?」

相変わらず淡々とした口調で女が尋ねた。

「どうして?」

ルオンが問い返す。

ヒロムが去ってからしばらくの後、再び通りかかったあの女性をルオンが呼び止めた。数少ない知り合いだから。
そんな彼を女は不思議そうに見た。普通、夢狩りは恐怖と嫌悪の対象だから、知り合いというだけで話しかけたりしないものらしい。だがルオンは全く気にしなかった。女は言う。

「私はお前の大切な友の夢(きおく)を狩った。」
「別にあなたのせいじゃない。あなたでなければ、他の夢狩りが同じことをしただけで、結果は変わらない。」
「・・・・・・そうだな。」

灰色の目をルオンからそらすと、彼女はその場を離れようとした。

「あなたにお聞きしたいことがあるんです。」

彼女は動きを止めた。

「ヒロムは、何人目ですか?」
「彼で、私は630人の夢を狩ったことになる。」
「1000人狩ったらどうするつもりですか?」
「教えるつもりはない。」

ルオンは声を大きくした。

「お願いがあります。」

不審そうに女性が彼を見る。

「寿命でないものを狩ったりしないからな。」
「違います。・・・もしあなたが999人狩っても、僕がまだ残っていたら、僕をあなたの1000人目の魂にしてくれませんか?」

言葉の意味を受け止めかねて、彼女は数瞬またたいた。

「本気か?」
「はい。」
「・・・お前は本当に変わっている。」

女性は呆れたように呟く。だが、ルオンの表情に真剣なものを見て、息をつき・・・・・・笑った。

「それまでに他の奴に狩られていなければな。確約はできんが。」
「いいです、それで。」

女性につられたかのように、ルオンの表情も緩んだ。
ここに残されて、久しぶりの笑顔。
どんなことがあっても、この世界は変わらず美しい。
もしかしたら、また。
どこかで会えるんだろうか。

                    fin




あとがき
 Dream Takerを読んで書かせていただきました。
最初のイメージが天使だったせいもあって、自分では珍しく男の子が主人公です。ルオン君が出てきたら、後は決まるのが早かった・・・。
勢いで書いた感じもあるので、多少読みづらいかも。すみません。ファンタジーものは久しぶりで楽しかったです。ありがとうございました。
  耀架(ようか)



一番話がしやすい近距離で生活している所為か、私の望む世界観でしっかり書いてくださいましたよ、耀架さん。
どうもありがとう!!
Los/t/Angels作中に出てきたヒロムとルオン、 それから名前はこちらで出ていませんが、 リリカもキャラ自体をこの中に出ていた夢狩りから持ってきたんでした。


2005.10.26


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