繰り返す命、少女の願い。




  魂は輪廻転生の流れに乗って動いている。
誰もが抵抗する事は出来ず、その流れに乗って行くしかない。
ヒトが死した時、その魂は何処へ向かう?
何処へ行き着き、どんな形で新たに産まれ来る?
魂が形を成し、新たに生まれ来る場所、その一つ、「Lost Angels」

これは、そこに住まう「夢狩り」と呼ばれる少女の話。



 1

少女は、空を見ていた。
何処までも果てなく続く蒼。優しさをも感じられそうな、柔らかい蒼。そこに浮かぶ雲を見て、少女は物思いに耽っていた。
「ア〜ムっ!! 何やってんの?」
不意に後ろから抱きつかれ、アムと呼ばれた少女はビクッと肩を跳ねさせた。
「ふぇ!? ……何だ、シーナか…」
突如抱きついてきた相手の顔を見て、自分の見知った相手だとわかり、胸を撫で下ろしたアムは自分が先程まで見ていた空に視点を戻した。
「『何だ』は無いでしょ『何だ』は」
「何かね、空を見ていたら、色々考えちゃって」
「私の言い分はシカトですか」
完全にシーナの抗議の声を無視して呟くアムに、シーナは半眼で絡めていた腕を解き、彼女の横に腰を下ろした。
辺りには色とりどりの花が咲き乱れていた。赤、青、黄、紫、ピンク等、其々が己を主張するかの如く、競い合って咲いている。
シーナはそのうちの一つ、腰を下ろした側に、風に揺られながら咲いている鮮やかな赤紫色の花に触れた。指で軽く弾いてやると、何も無かったかのように、また同じように風の流れに乗る。
「んで? ソラ様がどーしたって?」
「なっ!! ちがっ!! ソラ様じゃなくて空!! 天空の事!!」
慌てふためきながら手をばたつかせ、アムはシーナを睨み付ける。
「何でソラ様の事を話題に出すかなぁ。……分かってるんでしょ?」
むくれるアムを見てシーナはカラカラと笑いながら頷いた。何故かアムと居ると、彼女をからかってやりたくなる。
自分の悪い癖なのかもしれないが、これも一つの友情の表現だと、先程の笑いを堪えつつ思った。
「だってソラ様かっこいいじゃない。私達の上司の狩夢様も中々だと思うけど」
アムは腑に落ちない表情でシーナから視線を外し、もう一度空を見上げた。相変わらず雲がのんびりと流れている。
同時に視界に入ってきたのは、この世界を象徴するかのように存在する、とてつもない大樹の枝。
ここでは生命の樹と呼ばれている。
どの世界にも必ず存在している、と、ここに生まれ出た時、アムは狩夢からそう聞いていた。
生命の樹の周りに咲き乱れる花にも、何か意味が有るらしいが、詳しくは聞いていなかった。
「あぁ、サイザ様も良いなぁ。狩夢様がサイザ様と一緒に居るとこなんか、見てるだけで鼻血吹くよね」
「吹かない」
視点を変えずに冷静に一蹴し、アムはその場にゆっくり寝そべった。座って見るよりも、空が近く感じられる。
「で? 天空の方の空がどうしたのよ?」
あえてアムの言葉を真似て、いきなり聞き手側に回ったシーナに複雑な思いを感じながら、アムは口を開いた。
なんとなく思った事を口に出すのは、少し恥ずかしいが、
「えーとね、雲がね、形を変えて動くでしょ?」
「うん」
「それって、最後は散り散りになって消えちゃうよね?」
「うん」
「…………」
自分の考えをまとめる。寝そべったまま、アムは横に居るシーナに視線を移した。
淡い赤にも似た快活そうな瞳が、アムをじっと見つめている。
「何かね、ヒトみたいだな。って」
シーナの瞳が揺れた。
同じようにアムの横に寝そべり空を見つめる。
「何でそう思ったの?」
空を見上げながら、視点を変えずにシーナが呟く。アムも同じように空を見た。
「色々変化して、形を変えて、最後のはその存在が消える。……でも、また違う所で生まれてきて、また同じように変化しては消えていく」
シーナは親身になって聞いてくれているのだろう、先程までの相槌の声さえ聞こえない。
「輪廻……転生、って事なのかな? 今流れている雲は、さっき流れて消えていった雲とは違う存在なのに、一括りに『雲』って呼ばれてて、」
アムは一度言葉を区切った。自分の考えをもう一度まとめなおし、次の言葉を紡いでいく。
「私達が魂を狩るのと同じなのかもしれない。肉体が生きている間は名前が有るのに、魂になったら、皆『魂』っていう一つの名称で呼ばれるように」
「…………」
「シーナはどう思う?」
アムが横に居る友人に声をかけるが、返事は返ってこない。余程真剣に考えてくれているのだろうか。
「シーナ?」
沈黙が始まってから二分が経過した頃、アムは彼女の顔を見て頬を引き攣らせた。
「ぅ……お昼は……ぅにゅぁむぅ……が、良いな……」
寝てやがる。しかも何が食べたいのか分からない。
「シィィィィィィナァァァァァァァァ!!」
生命の樹の木の葉がさざめき合う昼下がり、その木の下からアムの嘆きにも似た叫びが響き渡った。



 2

アムはこの世界に生を受け、己の存在意義を知ってから、熱心に『仕事』に励んでいた。
彼女の仕事は魂を狩る事。それも、死すべくして死した魂の、だ。それ以外の魂を狩ることは彼女達の中では禁忌とされていた。
その禁忌を破った者には、それ相応の罰も下る。幽鬼となって、永遠の時を彷徨い続けるのだ。
ヒトの魂、記憶、それを狩り、受け継ぐことで、彼女達は生き長らえている。
何処かの世界では彼女達を「死神」と呼ぶ者も居るようだが、そういった表現が正しいのかは彼女にも分からなかった。

アムはその日、『夢狩り』の総帥である狩夢の元へと呼び出されていた。
豪奢ではない質素な部屋。必要最低限のものを揃えているらしく、無駄な物はあまり見受けられない。
「忙しい所、ごめんね」
総帥とは思えないほど気さくに話しかけられ、アムは少したじろぎながら首を振った。
狩夢は自分の机の上に置いてあった資料を整え、脇に寄せた。次いで、アムと向かい合う。
「いえ、大丈夫です。狩夢様」
あまりにも他人行儀なその態度に、狩夢は苦笑した。
「様はいいよ、僕には合わない」
自分と同い年に見える相手に、様をつけられて呼ぶのが彼にとって気負いだったのかもしれない。
アムにとっては生まれてから暫くの付き合いだが、どうも『君』をつけたり、呼び捨てには出来ないで居た。
第一シーナだって彼の事を様付けで呼んでいるのだ。
「ですが、狩夢様は狩夢様ですし……」
「じゃあ、『さん』とかは? できれば敬語もやめて欲しいな」
「分かりました。……でも、敬語は……」
困ったように眉根を寄せるアムに狩夢が苦笑しつつ頷く。
「それで、用件は何でしょうか狩夢さ、ん」
いつもの癖で様をつけかけ慌てて修正したアムを見て、狩夢は笑みをこぼした。
そして、伝えようとしていた言葉を口に出す。自然と顔からは笑みが消えていた。
「ある筋の情報なんだけど、とある世界で戦争が起ころうとしているらしい」
「戦争、ですか?」
「信頼できる情報なんだ。その内容はあまり認めたくないんだけどね」
狩夢は俯き、頷いた。これから言おうとしている事をゆっくりと噛み砕くように。
「悲しいことだけど、多元的な世界は何処も死に溢れている。戦争はその中でも一瞬にして大量の魂が運ばれてくる……最悪の出来事のうちの一つだよ」
「夢狩りにとっちゃ、幸せかもしれないけどな」
割り込むように突如入ってきた声に、アムは振り返った。部屋の入り口に誰かが立っている。
「サイザ、そういう言い方って、」
「分かってる。冗談だ」
サイザと呼ばれた男はめんどくさそうに半眼のままアムの横へと歩み寄った。
夢狩りの総帥である狩夢と、その友人であり協力者のサイザが揃った。
シーナがここに居たら鼻血を吹いて、卒倒しているのかもしれない。
そんな事を考えつつ、アムは狩夢に向き直った。
「どうだった?」
「良い事と悪いことが一つずつ。どっちから話す?」
狩夢は眉根を寄せ、
「それなら良い方から、かな?」
「そうか。お前は好きな物は先に食べるタイプか。アムは?」
「え? わ、私は最後まで取っておく方で……」
突如話を振られ、戸惑いつつも言葉を返す。
「話が逸れてるよ」
「あ、す、すいません」
苦笑しながらの狩夢の一言に、アムは真っ赤になって俯いた。
「アムのせいじゃないよ。サイザ、お願い」
「ん。現在、夢狩りのほとんどが、最低百件の仕事を片付けた。現在の最高値はホルツで九百五十八」
「そうか。もうすぐだね」
「そうだな。あいつはどれを選ぶんだか。……そうそうアム、お前は九百十二。お前ももう少しだな」
彼らの言う『もう少し』とは、夢狩りの任期でも有る、千の魂を狩るまでの事だ。
千の魂を狩った夢狩りは、初めてそこで選択権を得られる。
一、消滅か。
二、転生か。
三、ここ「Lost Angels」で生きるか。
千もの魂を狩り、その魂の行く末を見てきた夢狩りに、自らの消滅を選ぶ者は少なくない。
任期を終え、自ら消滅を選んだ夢狩りの末路を、狩夢とサイザは幾度か目にしているだろう。事実、アムも直に見た事があった。
「アムはどうしたい?」
狩夢の一言に、アムは押し黙った。答えが見つからない。
「私は……まだ決めていません」
「そうか。アムなら優秀な指導者にもなれるだろうね」
それは、狩夢の代わりをしろと言う事なのだろうか?
「そんな。私には無理ですよ」
やんわりと言ったアムに、サイザが笑った。
「あーあ、フラれたな。狩夢」
「いや、そう言うつもりじゃ……。僕の言い方が悪かったね。今後の自分の事は、自分で決めるのが一番だよ。アム。君が思う一番良い選択肢を選ぶと良いよ」
「はい」
アムが答えたのを見て、狩夢はサイザに続きを促した。
「それで、悪い方だけど」
自然とその場の全員の表情が硬くなる。
「光の者達が、闇の者達に対して反発を強めている。あの傲慢さ、何とかなんないかね」
後半に掛けて肩を竦めて言ったサイザに、狩夢も頷いた。
「出来る限り穏便に済ませたいね。この世界だけでも、戦争を起こすのだけは控えて欲しいし」
「まぁ、ソラにでも相談に行くさ」
光の者達の中でも特異な能力を持つ光の血の者の名を出して、サイザは腕を組んだ。
「うん。頼むよ。……それで、アム」
「はい?」
「君にはさっき言った戦争で送られてくる魂の狩りをやってもらいたい。でも、数が数だから、何人か有志を募ってやってくれないかな? 出来れば新人を連れて」
アムは小さく首を傾げた。今何故それを私に言う? 適任者は他にも居るだろうに。
「あの、ホルツは?」
「彼は他の仕事をやってもらっているんだ。九百代で場の責任者を任せられるのはアムくらいしか居なくて。……駄目かな?」
少し考えた後、アムは頷いて狩夢を見た。
相手の反応を少し緊張した面持ちで待っているようにも見える。そういう所を見ると、やはり彼が総帥だという所に疑問を持ってしまう自分を戒めつつもアムは頷いた。
「そう言う事でしたら、やります」



 3

狩夢に呼び出されてから三日後、アムは四人の有志を集め、生命の樹の根元へと来ていた。
 今日で仕事に備えてのパトロールは二日目。いつ、どれ程の魂が運ばれてくるか分からない。それが問題だった。
 人の気配を感じ、生命の樹を見ていたアムはその視線を自分の後方へと移す。
 踵を返し、体ごと振り返った。目に入ったのは、其々の手に握られている全長、形状が統一されていない鎌。
「皆さん、状況は以前話した通りです。あちらの夢狩りが狩りきれなかった分の魂を、私達で狩ります。今日は二日目ですが、何か質問はありますか?」
 特に返答は無かった為、アムはゆっくり頷くと、手にしていた鎌を漆黒の闇の中に掲げた。
 柄の長く鋭い刃を付けた大鎌とも言える大きさだった。
「巡回を始めます。初期位置へ移動。散開!」
 その声と共に三人の夢狩りは闇にまぎれて消えて行った。
 その場にはアムともう一人だけが残る。見知った顔。
「アム、いい采配ね」
 柄も刃も短い近距離用の鎌を手に、シーナはアムに歩み寄った。
「采配だなんて、そんな柄じゃないと思うけど。同じような事、狩夢さんにも言われたし」
「どんな?」
「優秀な指導者にもなるだろうって」
 シーナはニンマリと笑い、アムの両頬をやんわりと抓った。
「ぅえ!? ひぁひぃひょ!! ひーな!!」
「んー? いつの間に『さん』付けで呼び合う仲になったんだ〜?」
 うりうり、と頬を引っ張ったりグリグリと回したりし、やがてシーナは満足げに手を離した。
「そんな仲じゃ無いけど、『様は僕に合わないから』って」
「いーなぁ〜。私なんか呼び出しが掛かったことすらないんだから」
 口を尖らせて言うシーナに、アムも眉根を寄せる。
「それはシーナがいつも仕事サボってるかひゃっ!!」
 先程と同じようにやんわりと頬を抓られ、言葉の語尾が飛ぶ。
「どうせ私は最低限しか狩ってませんよ〜」
 おどけて言った後、シーナはアムから離れ鎌を持ち直した。
「うぅ……、シーナ、ここは宜しくね」
 ひりひりする頬を擦りながらアムはシーナに告げて闇の中へと走っていった。
 アムの姿が見えなくなった後にはシーナだけが残っている。
 漆黒の闇の中に、淡い赤にも似た瞳が揺らめいていた。その瞳に映るのは、哀愁。
「アム、この前の雲の話……私達にも当てはまるんだよ。……夢狩りにも」
 呟きは虚空へと消えた。鎌を持ち直す。
「私も、アムも、いつかは……」

 アムが担当したのは、今までの頻度から言ってあまり魂の運ばれてこない地区。
 今回の目的は、まだ百そこそこの夢狩りを中心に行っている為、自分はあまり狩らなくても良い。そう言う考えから今回の配置を決めた。
 夜だからであろうか、周りには人の気配は無く、静けさと夜の帳によって一層気温が下がっているかのように感じた。
「今日も、いない、かな?」
 周囲を見回し、街道沿いにゆっくりと歩く。
「このままずっと、何も送られてこなければ良いんだけど」
 しっかりと目を凝らしながら、闇の中を歩く。
「!!」
 目の前に白く輝く光の球体が突如現れた。どこか頼りなく、ふよふよと浮いている。
「魂!……、狩らなくちゃ」
 鎌を軽く振りかぶり、心を決める。そして、真っ直ぐに純白の魂に向かって振り下ろした。
 鎌が魂に触れた瞬間、アムの脳裏に声が響き渡る。
『憎い、アイツが憎い!! 何故俺を殺す!! 何故俺を!!』
 憎悪に満ち溢れた男の声。
「!!」
 大鎌を胸に抱え込み、ギュッと目を瞑る。流れ込んでくるその魂の『記憶』に、自分の心を殺されないように必死に耐える。
『他にも沢山居るだろ!! 何故俺を狙――』
「う……」
最後の言葉を呼気を吐き出すと同時に強引に押し込み、アムは大きく息を吸った。
自らを落ち着けるようにゆっくりと吐き出し、顔を上げる。
「ごめんなさい。お疲れ、様でした……」
たった今、自分の糧となった魂に向かって、呟くと、アムは再度周りを見回した。
「これだから、戦争は、嫌。憎しみや悲しみばかりの魂が、ここに来る……」
まだまだ経験の浅い夢狩りに、戦争で死した魂を狩らせるのは少し気が引けたというのも事実だった。
しかし、サイザが言った冗談の通りであることも確かなのだ。戦争は、死すべくして死した魂の生産工場のような物なのだから。
生命の樹を見上げ、アムは目を見開いた。
 生命の樹の根元辺りが昼間の如く白く輝いている。たった一つの魂ではこんなに明るくなる筈は無いだろう。一瞬にして胸中に不安が過ぎった。
 まずい、あそこに魂が集中し過ぎている……。

 アムが生命の樹に到着した瞬間、スパン!! と、大きな音を立てて、また一つ魂が消滅した。
「アム!! 遅―い!!」
 たった今、魂を一つ狩ったシーナは指先で器用に鎌を回すと、息を切らして身体を折るアムに向かって叫んだ。
「ごめん、ちょっと遠くまで行ってて。皆は!?」
「そこでトンでる」
 とんでる?
 アムがシーナが指差した先を見ると、夢狩りの三人が俯き、座り込んでいる。
「……ショック、症状?」
 その目は焦点を結んでいない。
座り込んでいる三人は皆虚空を見つめつつ、口々に「ごめんなさい」や「許して」等と呟いている。
無理も無いだろう。悲しみ、怒り、憎しみばかりが増長された戦争の魂は夢狩りの精神を襲う。
経験の浅い夢狩り達には苦痛ばかりであろう。
「後でケアしなくちゃ」
 アムはゆっくりと大鎌を体の横に構える。思い切り横に降り抜くと、四、五体の魂が同時に消滅した。
 一瞬にして大量の記憶が流れてくるのを、強引に歯を食いしばって振りほどく。
「アム、行くよ!!」
「うあぁぁぁぁぁぁっ!!」
 シーナの声に合わせて、アムは同時に加速した。
 目の前には大量の光の球体。次から次へと浮かびくる白い球を、シーナとアムは狩り続けた。

「これが、最後ね」
 目の前に浮かぶ残った一つの白い球体に向かって、シーナが呟いた。
「私がやっても、良いかな」
 アムの言葉にシーナは無言で頷く。
 アムは幾度と無くやってきたように鎌を振り上げた。

『かあ、さ、ん』



 4

「千の魂を狩ったそうだな」
 いきなり聞こえたバリトンボイスにアムは顔を上げた。
「ホルツ……」
 とてつもなく大量の魂を狩った、次の日の朝、いつものように生命の樹の根元で空を見上げていたアムは声の主に向け振り返った。
 しかし、すぐにその視線は空へと戻る。
 ホルツは命の樹の幹に背を預け、アムと同じ空を見る。
「お前は、どれを選ぶんだ?」
 ホルツの長い銀髪が風に靡いた。
「……分からない。ホルツは?」
「俺は」
 ゆっくりと流れる雲。昨日の忙しさが全く感じられない麗かな陽気が生命の樹を包み込んでいた。
「消滅を選ぶ」
 アムは空を見ていたその視線を傾け、ホルツの顔を見た。
 確固たる信念の見えるその表情には迷いが無い。
「……そっか」
 自分の選ぶ自分の人生。
 最初で、多分、最後の最大の選択。
「お前のやりたいようにやれば良いさ」
 その言葉に、ただ頷くしかなかった。


『かあ、さ、ん』
 ただ、最後の一言が、それだけが頭の中で反芻していた。
 今際の時の最後の記憶。
 光に包まれ、消えていく自分の身体を感じながら、『彼』は魂になった。
『やっと僕も、そっちに、行けるよ』
 彼の母親は彼より先に逝ってしまったのだろう。
 でも、彼が母親ともう一度逢うことは無い。自分の糧となってしまったのだから。
 それは彼の事だけではない。彼の母親も、誰かの糧になってしまっているのかもしれない。
 もしくは、まだ死んでいないのかもしれない。
『かあ、さ、ん』
 もう一度彼の声が反芻するのと同時に、アムは目を覚ました。
 頬に伝う涙に気付き手の甲で拭う。
 外はまだ夜。千の魂を狩ったあの夜から、頻繁にこの夢を見るようになった。
 彼はアムに何を言いたかったのだろう。夢狩りの存在すら知らないであろう彼の残したメッセージ。
「私は……消滅したら良いの? 魂を狩った、私は」
 自然と涙が伝う。
 身を起こし涙を拭うが、後から後から涙が溢れてくる。
「どうしたら良いの?」
『アム。君が思う一番良い選択肢を選ぶと良いよ』
『お前のやりたいようにやれば良いさ』
「私の、やりたいように……」



 5

 幾度と無く足を運んだ生命の樹を見るのもこれが最後になる。
 そう思うと、哀愁よりも何故か清々しく感じられるのは、迷いが晴れたからだろうか。
「アム、やっぱここにいたんだ」
「シーナ」
「あれから戦争災害の魂、来なくなったね」
「……そうだね」
 多分、あの日の攻撃が、最後の一撃だったのだろう。
しかし、その一撃はとてつもなく大きな犠牲を払ったのだろう。胸の中でそう思い、アムは目を閉じた。
転生する魂に安息を。そして、二度と戦争に巻き込まれないよう、祈って。
そしたら、夢狩りの仕事は無くなるかもしれないが、それでも良かった。
命がその灯を消すのは、寿命だけで良い。
「シーナ、私、転生を希望するよ」
「そうかぁ。大変な世界かもよ?」
「分かってる。でも、もう、あんな戦争は嫌だから、私はそれを止められるヒトになりたい」
 シーナは微笑みながらアムを見た。
 アムのその表情は吹っ切れたらしく、随分と明るい。
「それじゃ、私は暫くサボタージュ続けてようかな」
「えぇ? 駄目だよ、仕事しなきゃ」
 言うと、シーナは苦笑しながら空を見上げた。
 何処までも、何処までも蒼い、空。
「私が任期を全うしちゃったら、誰があんたの魂を狩るのよ?」
「向こうの夢狩りじゃない?」
「そんなもん、逃げなさい」
 すっぱり言い切ったシーナに、アムはあんぐりと口を開け、固まった。
「逃げ……逃げられるかな?」
「さぁね、努力なさい。鎌研いで待っててあげるから」
「えぇ!? い、痛くしないでね?」
「どうかな~。狩られたことないから分からないや」
 ニヤニヤと笑うシーナに、「て、適当だね」と心の中で講義しつつ、アムは笑った。
「それじゃ、お願いしよっかな」
「そうそう、私にドーンと任せなさい」
 胸元を叩いて言うシーナの淡い赤の瞳に、薄っすらと涙が浮かんだ。
「シーナ……」
 ギュッと、抱き寄せられる。
「アム、行ってらっしゃい」
「うん、行って、来るね」
 シーナからそっと離れ、アムはシーナに手を差し出した。
 それを包み込むシーナの手は柔らかく、温かい。
「生命の樹、願いを言います」
 握った手に一層力が篭もった。
「私は、転生を願います」
『分かりました。では、雑念を捨て、心を清浄に』
 柔らかな手の温もりだけが、アムの心の中に広がっていく。
 段々と意識は白濁し、やがて全身が温かい白い光に包まれ、
「またね、アム」
 かけがえの無い友人の声が聞こえた。
「またね、シーナ」
 届いたかどうか分からないが、確かにアムはそう言って、光の中に消えていった。
 後に残ったシーナの周りに、一陣の風が吹き、赤紫色の花びらを散らせた。













御凪さん後書き

どもです、御凪です。今回、トリビュート作品と言う事で、みのりさんの世界観に合わせて書かせてもらいました。期待に添えているかは分かりませんが、これも一つの世界として読んでくれたら幸いです。



ひとつならず二つも頂いてしまいました!!
うちの男どもがかなりいい感じに男っぽくなっていて好みです(笑)
シーナがいいキャラしてると思いますよ!

御凪さんの素敵サイトはこちら

2005.10.26


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